桂冠塾

開催内容 桂冠塾【第25回】

『永遠の都』(ホール・ケイン)

開催日時 2007年4月28日(土)14:00~17:00
会場 サンライフ練馬(会議室) 西武池袋線中村橋駅・徒歩5分

開催。諸々コメント。

この作品の舞台は1900年。20世紀を迎えた(正確には1901年からが20世紀なのでしょうが作品では1900年を新世紀と呼んでいます)ローマが舞台です。
人間共和の理念を掲げ、国家と教会の権力に戦いを挑む主人公のデイビッド・ロッシィ。
彼の生い立ちをめぐり様々な人物が色鮮やかに登場します。
複雑に絡み合う愛憎の中から人生の伴侶となることを誓い合う、美しき永遠の都(ローマ)の名前を持つドンナ・ローマ。
ロッシィの理念と人間性を心から愛し信頼しぬいたブルーノ。
ローマ国家の頂点に立つ野望を抱くボネリィ男爵。
心ならずも、銀行家の子息からカトリック信仰の頂点であるローマ法王になったピウス10世。
個性的な登場人物が光っています。

前半部分では過去を隠して生きてきた、ローマとロッシィとの心の葛藤を描きつつ、「人間共和」のローマを目指して麗しき同士愛と異体同心の団結で戦う姿が描かれていきます。
そして出生の秘密に迫る伏線が描かれつつ、理想郷・人間共和ローマを目指すロッシィの思いは実現できるのでしょうか...。

全編を通じてローマの揺れ動く心と真摯な生き方が心に残る作品でもあります。
作品が執筆されたのは1901年。
同時代を描きつつも、100年余り後の現代で読み続けられる不朽の名作に触れる3時間にしたいと思います。

当日の様子など

当日は6名で行ないました。
様々なテーマを取上げることができる作品であり、異論反論も噴出する作品であると感じます。その中の一つとして「永遠の都」という表現を通して少し考えてみたいと思います。
さすがに上中下3巻ものを3時間で取り上げるのは至難でした。

作者

ホール・ケイン( Hall Caine 1853/5/14~1931/8/31 )
1853年イギリス・チェーシヤー州ランコーンの貧しい鍛冶屋に生まれる。
小学校を中退後、14歳でリバプールの建築事務所に勤める。公立図書館で読書にふける。
25歳の時にD.G.ロセッティを擁護した縁で、後に秘書となる。
1882年ロセッティの『回想録』を出版。「リバプール・マーキュリー」紙の社外記者として健筆を振るう。詩人、文芸評論家の知遇を得る。
1885年処女作『犯罪の影』1887年『ハガルの子』1887年『裁判官』を出版しベストセラーに。
1900年『永遠の都』1904年『ドンナ・ローマ』を出版。
マン島で作家生活を送り、キリスト教的社会主義へ傾倒する。マン島の下院議員を務める。
ユダヤ人弾圧の実態を「ザ・タイムス」に投稿するなどジャーナリストとしても活躍した。

時代・社会背景

イタリア王国(1861年~1946年)
イタリア統一運動(リソルジメント)によって1861年に成立。
現在のイタリア共和国のほぼ全土を領域とした王国。
初代:ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世
(在位1861年 ~ 1878年)
2代:ウンベルト1世
(在位1878年 ~ 1900年)
3代:ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世
(在位1900年 ~ 1946年)
4代:ウンベルト2世
(在位1946年)

神聖ローマ帝国(962年 ~ 1806年)
中世に現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心に存在していた政体。
実質的に大小の国家連合体であった期間が長く、後のオーストリア帝国やプロイセン王国などドイツ諸国家が誕生した。ドイツ帝国とも呼ばれ、1806年帝国解散の詔勅はこの名で行われた。

バチカン市国(1929年2月11日~)
バチカンはカトリック教会の本拠地として発展し、755年から19世紀まで存在した教皇領の拡大にともなって栄えるようになった。
1860年にイタリア王国が成立すると教皇領は接収されたため、ローマ教皇庁とイタリア王国政府が関係を断絶し、教皇は「バチカンの囚人」と称してバチカンに引きこもった。
不健全な関係修復のため、1929年2月11日、教皇ピウス11世の全権代理ガスパッリ枢機卿とベニート・ムッソリーニ首相との間で合意が成立。
教皇庁が教皇領の権利を放棄するかわりに、バチカンを独立国家とし、イタリアにおけるカトリック教会の特別な地位を保証した。

主な登場人物

デイビット・ロッシィ
デイビット・レオーネ
ジョーゼフ・ロッセリィ医師
ドンナ・ローマ
ボネリィ男爵(総理大臣)
ローマ法王(ピウス10世)
イタリア国王
ブルーノ
エレナ
ジュゼッペ少年
ミンゲイリィ

『永遠の都』が伝えたいものとは

この作品はどのような表現をするのがふさわしいだろうか。
革命小説、ロッシィとローマとの大恋愛小説、キリスト教信仰を基盤とした理想郷建設のユートピア小説、友情と同士愛を描いた青春小説....。
いろいろな形容がされていますし、どれもこの作品を言い表している表現であると思います。それほどに、この作品には大きなテーマがいくつも提示されています。

そのうえでひとつの表現をするのであれば、作者のホール・ケインは「信じ続けることの難しさと大切さ」を訴えたかったのではないかと私は感じています。
裏切りと謀略、愛する者への不信、そして自分自身の良心を覆い隠して歩んでいく人生に、自分自身の存在が崩壊してしまうかのような危機感を感じながら、それでも生きていこうとする若き主人公たち。

何が真実なのか、何がよりよい選択なのか。
判断する基準を持てず、迷い、戸惑い、立ち止まって投げ出しそうになる人生。
それでも生きつづけることの意味と、それだからこそ、確固たる信念の確立の必然性を強く感じるのは私だけではないと思います。
混迷の度を深めているといわれている現代。
哲学不在の危機が叫ばれて久しい感がありますが、今一度、私たちは何を目指して人生を送るべきなのかを思索することが求められていると感じます。

ロッシィの戦いが意味するもの

ロッシィが目指した「人間共和」の社会。
ローマ法皇たちが陥ってしまった人間性の罠。
主人公ロッシィは、タイトルにもなっている「永遠の都」を実現できるのか。
そもそもホール・ケインが描き出そうとした、ロッシィが目指した「永遠の都」とはどのようなものだったのか。
ホール・ケイン自身はキリスト教社会主義による国家建設を目指し、居住していたマン島の下院議員を務めた経歴を持っています。その意味ではプロテスタンティズムによる幸福社会の実現を目指していたと考えるのは、あながち間違いではないと思いますが、プロテスタンティズムの啓蒙書としてのみこの作品をとらえることは必ずしも正しいとはいえないように感じます。

ロッシィが戦っているものは何なのか。
現実的には、総理大臣ボネリィ男爵を中心としたイタリア王国政府と法皇を頂点としたローマ教会です。
ロッシィは民衆を統治する2つの巨大な権力に、何の後ろ盾もなく、民衆の支持によって「言論の力」で立ち向かっていきます。新聞の論説や檄文、街頭や集会での演説、そして下院での国会議員としての主張を、徹底した非暴力で貫こうとします。

ロッシィが唯一の武器とした言論の力。
それは現代社会の閉塞状況を打開する力でもある。
ペンによる言論もそうであるが、一対一の対話による一人の覚醒の積み重ねこそが時代を切り拓くと強く訴えたい。そうした地道な努力があってこそ、より高貴な世論が形成されるのではないだろうか。
現代における浅薄な世論。それを作り出しているのはマスメディアにほかならない。
確固たる理念を有したメディア展開であれば、まだ許容範囲がある。
しかし、哲学不在のまま、一時的な感情で右に左に簡単にぶれてしまう俄か言論人に世論形成されている現代人は本当に不幸である。

別の視点でみるならば、それは虚偽なるものとの闘争だったといえないだろうか。
裏切りと謀略、愛する者への不信、そして自分自身への信頼が崩壊してしまうかのような危機に、繰り返し直面します。
これでもか、これでもかというくらい執拗に、そして信じられるものを貪欲に求めようとする姿は、どの登場人物にも共通するのではないかと感じます。

その意味では、ボネリィ男爵も完全な悪者ではないと同様に、多くの民衆には力強く道を説くロッシィは自身の道に迷い、ローマに対しては人格を否定するような暴言を一度ならず吐いてしまう。それは幼少期から迷路に入り込んでしまったローマとて同様でしょう。

私たち自身に置き換えてみれば、完全無欠の人格者など存在するはずもないのと同様に、完全な偽善者もありえない。一人の生命は善にも悪にも瞬間瞬間変化し続けている。その実態そのものが私達の人生そのものなのだと感じます。

50年後の理想郷「永遠の都」

「終曲 遠い先の後日譚」としてこの物語の一番最後に50年が経過した時代を登場させています。
そこにはキリスト教で説かれたユートピアを実現したキリスト教による世界連邦が運営されており、キリスト教会も君主国家もその権勢を失った様子が登場した老人によって語られます。

移ろいやすい人の生命であるからこそ、何のために、何を目指して自身の人生を貫いていくのかが最も重要な選択となる。
ホール・ケインは、それを信仰を基盤とした生き方に求めることを提示しようとしたとも考えられます。
また、実現するまであきらめずに行動し続ける大切さ、人を信じる大切さがあってこそ物事が成就するという考えも盛り込まれているでしょう。
私たちが目指す「永遠の都」とは、完成された形ではなく、それを実現しようと努力し続ける戦いの中にこそあるのだと。
多くの人に、信じる意味を考える契機を与えてくれる、今を生きる私たちが学ぶべき多くのことを感じさせてくれる一書です。

作品のプロット『永遠の都』を読み解く


序曲
1:ロンドンの12月のある夜 10歳か12際の少年と年配の医師との出会い
2:イタリア生まれの少年デイビット・レオーネ

第一章 神聖ローマ帝国 ―20年後―
1:特別聖年を迎えたローマ法王と善男善女
2:市民たちの雑談
3:デイビッド・ロッシィとブルーノ
4:ボネリィ男爵邸に招かれた友人達の雑談
5:法王の来し方と壮大な夢
6:ドンナ・ローマの登場 ロッシィの話題
7:法王の行列
8:ロッシィの教会批判とドンナ・ローマへの中傷
9:ボネリィ男爵とドンナ・ローマとの謀議
10:法王の祝福

第二章 人間共和
1:ナボーナ広場 ロッシィとブルーノ家族の住むアパート
2:若いローマ人(ミンゲイリィ)の来訪 ロッシィとブルーノの出会い 届いた贈り物
3:「人間共和」憲章と綱領
4:総理大臣暗殺を企むミンゲイリィ ドンナ・ローマの出生の秘密
5:ロッシィの結婚観 ドンナ・ローマを非難した後悔
6:神は正義を行なわれる「あの子は死んだのだ」 「勇気を持て!」
7:エルバ島からの円筒を聞くロッシィ「神に誓います僕はきっとやります!」 ローマ現る
8:ロッシィとの出会いに衝撃を覚えるローマ 互いの真実の姿を確信する二人
9:真実を明かしあわないまま中傷への贖罪を誓うロッシィ

第三章 ドンナ・ローマ
1:ドンナ・ローマの生活 おばの存在 政治人事に口添えをするローマ
2:彫刻のモデル イギリスのできごとを語るロッシィ 父の評価が変わり始めるローマ
3:娘が生きがいだった父
4:オペラ観劇 ドンナ・ローマのために屈辱に耐えるロッシィ 自らの行為を恥じるローマ
5:ホテルのサロン ロッシィの態度を誇らしく思うローマ おばの考え ロンドン調査への警戒心
6:もうひとりのローマ 告白の思いに駆られるドンナ・ローマ
7:ロッシィに傾倒していくローマ 公爵夫人の勘ぐり
8:ロッシィを訪ねるローマ 父の遺影 イギリス擲弾兵を共に歌う 僕のローマは立派な女性
9:狐狩り 大使の会話 馬を乗りこなすロッシィ
10:サビーナの宿屋での食事 ロッシィを奴隷に売った里親 秘密を打ち明けるローマ
11:おばの叱責 ロッシィへの愛を叫ぶローマ

第四章 デイビット・ロッシィ
1:ローマからの手紙 一途に愛に走るローマ 不審を募らせるブルーノに真実を語るロッシィ
2:ローマへの手紙 会えない理由「ある婦人」を愛している
3:人間共和の総会 憲章と綱領の諸原則を実現させるために 暴力を否定するロッシィ
4:ローマからの手紙 
5:ローマへの手紙 
6:下院議会 
7:ローマからの手紙 
8:枢機卿との会談 共闘を持ちかける枢機卿 信仰と人間性を語るロッシィ
9:差し止めを受けたサンライズ紙 ローマからの手紙
10:奉答演説に対する修正動議
11:ローマからの手紙
12:非暴力闘争を貫くロッシィ
13:「あの男の命をなぜ助けようとしたのだろう?」
14:ローマへの手紙
15:治安維持法案採決 ボネリィ男爵の命を守る
16:気を失ったローマ ローマの手紙
17:ローマの訪問 父の真実の声を聞く
18:ロッシィ・ブルーノにローマへの変わらぬ信頼を告げる
19:彫像のレセプション ロッシィへの愛とボネリィ男爵への決別を表わす
20:愛を語り合う二人
21:ローマの手紙

第五章 総理大臣
1:ミンゲイリィがつかんだ真実
2:ブルーノとジュゼッペの訪問 ロッシィの手紙を読みかえすローマ 結婚の告示
3:コロセウムの集会でロッシィの逮捕を目論むボネリィ
4:サンライズ新聞社を訪ねるローマ 最後の社説
5:集会の日を迎える
6:成功した集会
7:ローマを脅すボネリィ
8:デモ行進する市民に発砲を命じるボネリィ 生命を落とした一人の子供
9:ジュゼッペ坊や
10:忌まわしい記憶 ジュゼッペの死を知るローマ
11:激情に狂うロッシィ
12:亡命を決意するロッシィ
13:二人の結婚式 国外に逃れる

第六章 ローマのローマ人
1:エレナを訪ねるローマ
2:レジーナ・コエリィ(ローマの監獄) ロッシィへの手紙
3:軍法会議の作業 ミンゲイリィの役目
4:華やかな生活と決別を始めるローマ ロッシィへの手紙
5:宝飾品を売り払うローマ ロッシィへの手紙(とても親しい友人の話を書き送る)
6:ロッシィからの手紙 「民衆に与える宣言」
7:印刷所へ行くローマ いなくなったエレナ ロッシィへの手紙(あわれな友人の話)
8:ローマのおば(伯爵夫人)
9:家財道具を売り払うローマ ロッシィへの手紙(悩む友人)
10:おばの死
11:おばの葬儀 教会堂で告白したローマ
12:ロッシィからの手紙 活動を開始したロッシィ 「司祭たちに与える宣言」
13:ロッシィへの手紙(あわれな友人の正体を明かす)
14:ロッシィの部屋に移ったローマ 共犯者ロッシィを告発したブルーノ
15:監獄内での陰謀の始まり
16:デマを吹き込まれるブルーノ
17:懲罰官房でつづく陰謀 策略に落ちたブルーノ
18:ローマの面会 策略に気づくブルーノ 使い捨てられるミンゲイリィ
19:ブルーノの軍法会議 欺瞞を暴くブルーノ
20:妻エレナとロッシィとの不義密通の虚言に再び動揺したブルーノが選んだ行動
21:ロッシィへの手紙 

第七章 ローマ法王
1:法王との謁見に向かうローマ つむぎ始められた過去の糸
2:ピフェーリィ神父から語られる法王の過去
3:法王と枢機卿たちとの謁見
4:法王とローマとの謁見 ロッシィへの過剰な反応
5:カプチン修道会の老修道士(ピフェーリィ神父)と法王との対話 告発に悩む法王
6:ブルーノの埋葬 パリ発ロッシィからの手紙 教会破壊の疑惑を抱くローマ
7:ボネリィ男爵と警察長官 バチカンへの警戒
8:男爵を訪ねる法王からの使い 追い込まれる法王
9:ローマにロッシィ告発を迫る
10:ロッシィへの手紙 父に重なるロッシィの姿
11:男爵への行動を悔やむ法王
12:カプチン修道士と法王との対話 国王に会見を要望する法王
13:聖木曜日の儀式
14:法王と国王、総理大臣と会見 ローマの説得を考える法王
15:疲れた法王
16:カプチン修道士と法王との対話 男爵の陰謀を疑いながらも揺れ動く法王
17:胸像製作に没頭するローマ 手紙を書きパリ行きを決意するローマ
18:ベルリンからのロッシィの手紙 革命を確信するローマ
19:夫の告発を勧める法王 告発を決意するローマ
20:カプチン修道士と法王との対話
21:ロッシィ告発の供述書に署名するローマ ロッシィの出生を知り衝撃を受けるカプチン修道士
22:ロッシィとの関係を悟る法王
23:チューリッヒ発ロッシィからの手紙

第八章 国王
1:チューリッヒでの夕食会 ロッシィのめざす革命の真意
2:ロッシィ逮捕
3:湧き出すローマへの疑念 ロッシィ逃走
4:国王就任祝賀のお祭 男爵殺害を決意するローマ
5:執権職を手中にしたボネリィ男爵
6:ローマの篭絡を試みる男爵 男爵暗殺をねらうローマ
7:互いの不信と疑惑を乗り越え、愛情を確かめ合おうとする二人
8:過去を暴く男爵 男爵殺害 ローマに暴言を吐いて逃走するロッシィ
9:ボネリィ男爵の最後を看取るローマ
10:ボネリィ男爵殺害を自供するローマ
11:バチカンに向かうロッシィ

第九章 民衆
1:枢機卿の秘密会議
2:ロッシィを受入れる法王
3:ローマの覚悟を知る法王
4:事件の真相を掌握する法王 病気に伏せるローマ
5:ロッシィの真心を知る法王 ローマからの手紙を手渡す
6:エレナに語るローマ
7:法王から帰依の儀式を受けるローマ 事件の真実を知る法王
8:ローマからの手紙を読んだロッシィ ローマの行動と法王との関係を覚知するロッシィ
9:毅然たる法王
10:限りある生命
11:ロッシィ登庁 王座の放棄 動議を提出するロッシィ
12:愛の真実をつかんだロッシィとローマ

終曲 遠い先の後日譚

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