桂冠塾

開催内容 桂冠塾【第12回】

『イワン・イリッチの死』(トルストイ)

開催日時 2006年3月25日(土) 14:00~17:00
会場

開催。諸々コメント。

今回取り上げる書籍はトルストイの『イワン・イリッチの死』。この作品が書かれる直前までの約10年間、トルストイは創作活動を中断していました。
トルストイが自身の最大のテーマとした「死」についてひとつの方途を見出したとも言われる作品です。

生きる目的は何か?
幸せとは?
死との恐怖と葛藤しもがく一市民イワン・イリッチの姿はどこにもいる普通の庶民の生き方の投影とも言えるでしょう。

1884年6月に書かれた短編作品。

章立て

できごと
1章 イワンイリッチの訃報に接した人達の会話 葬儀の日の遺された人達の行動
2章 イワンイリッチの半生(1)立身出世の時代
3章 イワンイリッチの半生(2)人生絶頂の時代
4章 転落の階段を転げ始める-病気の予兆 まわりの者への疑惑と恐怖-不信が顔をもたげる
5章 病気の自覚-見えざるものへの恐怖の増幅-死への恐怖が顔を出す
6章 死の自覚-日常を覆い尽くす死の感情
7章 発病から3ケ月-下男ゲラーシムの存在と不眠と嘘偽りによる苦しみ
8章 痛みからの逃避したい心、病人と関係なく流れる家人の日常生活 -他人への不信不満と憎悪が増幅する
9章 自分の運命に泣く-初めて自身に問い始める 「何のためです?」「何が必要なんだ?」「どう生きるのだ?」
10章 さらに2週間-続く自問自答「苦痛、死・・・いったいなんのためだ?」
11章 死に臨む最期の時-回りの人達の苦痛を取り去ることに思いが至る 「もう死はなくなったのだ」
12章 死に臨む最期の時-回りの人達の苦痛を取り去ることに思いが至る 「もう死はなくなったのだ」

トルストイの生涯と思想

作家、思想家。 「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」「復活」が三大作品といわれる。
当時の平均寿命と比べて驚異的な長寿・82歳の生涯を通して、世界文学有数の長編小説を生み、あらゆる秩序を批判し、暴力を否定した。トルストイ主義と呼ばれるキリスト教的な人間愛と、道徳的自己完成を説いたとされる。
ロシアでは「もっとも偉大な反逆者」とも呼ばれており、その長い嵐のような生涯を通じて、ロシア正教会や政府、文学的伝統、自身の家族(妻)とさえ対決した人であったという講評もある。
また教育の実践にも力を注いでおり、農奴解放の先駆的実践も行なっている。

トルストイの人生を俯瞰して感じることは決して完璧で高潔な人生を歩んだわけではないという点だ。特に前半生は若年層にありがちな、体制への無批判のままの受容と、根拠と地道な努力が伴わない楽観主義が随所に見られる。また人生を通して苦難に直面した際の対処姿勢には賛同するには釈然としない点も多々感じられる。
そして当時のロシアの風習、社会通念を少し知ってみると、その実態に唖然とすることも少なくない。トルストイが結果とした現れた現実に対して、生命の永遠性を主張しながらも、その因果性に言及することなくキリスト教の説く神の存在にそれを求めたのもそうした幼少期からの精神形成が大きく影響しているのだろうか。
トルストイの晩年にはその神の存在と自身が持つ愛の精神との融合の試みがなされているが、残念なことに生命の永遠性の大原理である因果性を思索した形跡は見つけることはできなかった。

【参考文献】 『トルストイの生涯』(藤沼貴著)第三文明社レグルス文庫
※ロマンロラン著の同名作品があるがトルストイの生涯を学ぶには藤沼貴著作を断然推薦します。

ひとこと感想

順調に、自分の思う設計図通りに人生を送っていた主人公が、ちょっとした怪我を境に転げ落ちるように、何をやってもうまくいかなくなる...。
最後は家族にも疎まれる中で人生の終焉を迎えようとする、まさにそのときに死の意味を悟る。
そのように受けとめることができるストーリーです。

トルストイ自身の人生の歩みを辿ってみると、主人公イワン・イリッチが人生の真の意味を悟ったとも受け止められる展開に比べても、その真実をトルストイ自身がわかっていたのかどうかは判然としない。
ロシアの文豪のイメージが強く出来上がっている感もあるが、ひとつひとつの作品を丹念に読んでいくことも大切だと思います。

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