桂冠塾

開催内容 桂冠塾【第80回】

『漂流』(吉村昭)

開催日時 2011年12月17日(土) 14:00~17:00
会場 勤労福祉会館 和室(小)
西武池袋線大泉学園駅・徒歩3分

開催。諸々コメント。

今月は吉村昭作『漂流』を取り上げます。
時は江戸時代。天明5年の土佐藩から始まります。
徳川幕府の鎖国政策によって、ほとんどの庶民が世界に目を向けることがなかった時代に12年間の漂流生活をくぐりぬけて帰還した日本人を描いた作品です。
漂流記と聞くと『ロビンソンクルーソー』や『十五少年漂流記』を思い浮かべる人も多いと思います。桂冠塾でもこうした作品を取り上げてきました。しかしこれらの作品はフィクションです。それに対して本作品『漂流』も小説ではありますが、実在の人物と事件を題材にかかれたドキュメンタリー作品とも言えるでしょう。
今回は埋もれた現代日本の名作を掘り起こす思いも込めて読み進めてみたいと思います。

作品の背景

時代は江戸期。天明5年(1785年)の土佐の国から物語が始まります。
物語といっても史実を基にしたノンフィクション作品。実際に漂流事故に遭遇しながらも日本に帰還した方の取り調べを受けた供述書を依所として書かれた小説です。

物語に一貫して登場するのは水夫の長平。水夫とは船乗りのことですが、鎖国政策をとっていた徳川幕府の統治下の時代ですので遠洋航海ができるような船を持つことはもちろんできません。幕府は千石船と呼ばれる沿岸航行ができる軽装の船を推奨していました。
したがっていったん暴風に遭遇すると遭難する危険は極めて高いわけです。
加えて土佐の国は太平洋に面した領地。船が行きかう航路は外洋に接している場合が多くあります。さらに台風の通り道にもなっていて他地域に比べて暴風雨が多発するだろうことは容易に推測できます。
徳川幕府の政策によって水夫達の生命の危険が何十倍にも拡大していたでしょう。
事実、長平は24歳の若さにもかかわらず、死に至らないとも限らない事態に何度も遭遇しています。今回の作品で描かれているような漂流事故は起こるべくして起こっていたのではないかとさえ思えてしまいます。

物語のあらすじ

時は江戸時代。天明5年の土佐藩。
徳川幕府の鎖国政策によって、ほとんどの庶民が世界に目を向けることがなかった時代に13年間の漂流生活を生き抜いて帰還した日本人を描いた作品です。
その日本人とは、土佐に住む水主(船乗り)長平。彼が乗った千石船、松屋儀七船は赤岡村の藩の米蔵から米俵を積み込み、田野、奈半利両村まで運ぶことになっていた。片道八里弱の短い航海だが不運にも嵐に遭遇し難破する。
10日以上も強風と激浪にさらされ船はこなごなに砕かれた末に小さな孤島に漂着することができる。その島は八丈島の南方海上の青ヶ島からさに南にある鳥島だった。この島は活火山島で水脈がない。生きる水は雨水しかなく野菜など作ることもできない。しかし長平達が漂着した時には島はあほう鳥に覆われていた。長平達はあほう鳥の肉を食べて生き延びる。しかしあほう鳥は渡り鳥で春先から秋の季節は島を離れる。あほう鳥が旅立つ直前にそのことに気付いた長平は鳥肉の干物をつくり九死に一生を得た。
その後、原因不明の病気で仲間が死んでいく中で、長平は偏った食事と運動不足が原因ではないかと推察し、島での生活を改善していく。
その後、遭難した大阪の亀次郎船の乗組員が上陸。一緒に生活を送る。
さらに薩摩の中山屋三右衛門船の漂流者も一緒になり、共同生活を続けていく。
ただ生きるだけではなく日本に帰還するという希望を見出した彼らは、破船して漂着する木片を組み合わせて自分達が乗船する船を自作し、孤島から船出する。
最後まで生き残って日本に帰還した者は14名。最も長く生き抜いた長平の孤島生活は13年に及んだ。

主な登場人物

長平
音吉
源右衛門
儀三郎
栄右衛門

事実が突きつける説得力

天明5年(1785年)に漂流事故に遭遇した長平は、シラ(冬に吹く北西の強風)による暴風雨で船体が破壊される中、ぎりぎりのところで無人島に漂着する。
そこは火山島で湧水一つすらない過酷な環境。
しかしアホウドリの飛来地であり、鳥肉だけはふんだんに食べることができた。
この無人島で、後から漂着する2組の難破船の乗員と力をあわせて日本への帰還を果たすことになるのだが、詳細は省略する。

この物語がフィクションであったならばさほど説得力はなかったのかもしれない。しかし紛れもない事実に基づいた話である。 描かれる男達の一つ一つの言動に多くのことを気づかされる。
・仕事しないで遊んで食べていけると喜ぶが、体を動かさない人間は死んでいってしまう。
・漂着して死んでいった先人の洞窟を見つけた際にネガティブに捉えてしまう人間とポジティブに捉える人間の違い。
・アホウドリの行動の変化から鶏肉の干物を作ると思い至る智恵。
・希望を失い精神的な均衡を失いかねない状況から脱出する力。
・手に入るものを形にする使っていく智恵と努力。
・島を脱出するための部材を入手することと難破する他人がいることが同意であると気づいた時の思い。
・経験がない船舶作りに着手し成し遂げる執念。
など数えていくといくつも挙げることができる。
日本に帰還を果たした者たちの中で最も長い期間を無人島で過ごした長平が白米のご飯を食べようとして受け付けない身体になっていたことに言いようもない悲しさも感じる。

漂流記というと私も含めて多くの人はロビンソンクルーソーの物語や十五少年漂流記を思い浮かべる。『漂流』を読むとこれらの作品はやはりスマートに書かれていると思えてしまう。
真実の力とはそのようなものなのだろうと感じた一冊でもありました。

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