桂冠塾

開催内容 桂冠塾【第33回】

『フューチャリスト宣言』(梅田望夫/茂木健一郎)

開催日時 2007年12月22日(土) 14:00~17:00
会場 サンライフ練馬 2階(第二和室) 西武池袋線中村橋駅・徒歩5分

開催。諸々コメント。

今月の本は今年5月に発刊された『フューチャリスト宣言』です。「ウェブ進化論」の著者でもある梅田望夫氏と脳科学者の茂木健一郎氏との対談を中核になった一書です。
書評や斜め読みすると今どきのITを話題にした流行本かと思われそうですが今までの発想の延長で捕らえようとすると大きな間違いを犯すのではないかという危惧感を感じさせるという意味で私にとっても大きな刺激となりました。
リアルとバーチャル。クオリアの概念を考えるだけでも大変興味深い対話が繰広げられています。
また梅田、茂木両氏が行なった特別講義が後半に収録されていてこれがこの本に深みを加えています。
「フューチャリスト」。直訳すれば未来学者というこの言葉には、なぜだかわくわくするような不思議な感覚があると思いませんか?

もちろん、現実の世界に対峙するかのように広がり始めたWeb世界を疾走する視点で読むのもよいでしょう。それに加えて、その根底に広がる絶対的楽観主義とも呼べるような明るい展望に共感を覚えます。

茂木健一郎氏は語りかけます。
「未来は予想するものではなく、創り出すものである。そして、未来に明るさを託すということは、すなわち、私たち人間自身を信頼するということである」

新年を前にしたこの時期に、輝かしい未来を展望する意味でも読んでみてほしい一書です。

作品の感想

この本は4つの章で構成されている。その後にお楽しみ付録のように梅田氏、茂木氏それぞれの特別授業と題した講演内容が掲載されている。この2つの講演は本文の対談を理解するうえで補完的な役割も果たしている。

第一章 黒船がやってきた!
第二章 クオリアとグーグル
第三章 フューチャリスト同盟だ!
第四章 ネットの側に賭ける

第一章でいう「黒船」とはまさにWeb世界が到来したことを表現している言葉だ。江戸時代末期における黒船襲来は「日本以外にこんな世界があったのか」と当時の日本人の目を開く役目を果たしたわけだが、Webはまさにそんなカルチャーショックだったということだろう。

クオリアという言葉は茂木氏が多用する単語だ。心の中で感じる様々な質感、という意味を持っている感じだという。あくまでも、感じ、というところも重要なようだ。
Web上で重要となる経済行為はサーチ(検索)とチョイス(選択)であり、両者がないと完結しないと論じる。このチョイスに深く関わるのがクオリアの世界だ。
ここ数年、Webが劇的に深化してきているが、ある側面から見れば、個々人のクオリアをにフィットする検索が可能になりつつある、ということでもあろう。
ここでいう経済行為とは、必ずしもビジネスということで使われている言葉ではないと思われる。物理的な要素を伴うもの全般を経済行為を呼んでいると理解するほうがわかりやすい。つまり、リアル社会でコストや金銭がついて回る可能性があるものというニュアンスだろう。
これらのテーマ以外にも多彩な話題が話し合われている。

特に心に残った論点をいくつか指摘しておきたい。
それは
・ネットのこちら側と向こう側
・リアルの世界についてまわる時間とお金こそが不自由さの象徴
・ネットの向こう側は無償の世界が中心に回る
・グーグルはWeb世界の覇者になる
・リアルの世界は必ず残る。不自由だからこそビジネスチャンスがある。
・急激に変化せざるを得ない個人と組織の関係

こうした表現や論点に象徴されるWeb世界の劇的な進化である。
それはリアルな社会、世界と同一かそれ以上の広がりを持っているものである。それ以上と表現する根拠として、時間や空間、そしてそれから派生する形での貨幣の概念を超越した全く異なる価値体系が存在する可能性があるからだ。

Web1.0と2.0の根本的違い

梅田、茂木の両氏はそれぞれの経験とフィールドの視点からこれらのテーマを縦横に論じ合っている。その一例がWeb1.0と2.0の根本的違いについてだ。 このテーマは、時代の寵児といわれているようなある人物が、浅薄な理解のまま堂々と発言しているのを読んで唖然とした記憶が生々しい。リアルなビジネスや行為の補完として「利用する」Web1.0の世界と、リアル世界と全く別途で完結するWeb2.0の世界とは、似ていて異なる異次元空間が広がっている。

そうした違い等を考察していくと、私たちが漠然と思っていた認識が根本的に成立しないのではないかという仮説がいくつか浮上してくるのである。

こうした仮説を論じ、検証していく行為は極めて貴重な疑似体験となる。
そのような思考パターンを日常的に行いたいと思えるだけでも、本書を読む価値が大いにあると思うのだが、皆さんはどのように感じただろうか。
そうした様々な論点から先に、更に思索をすすめていくと、Webを充分に活用したビジネスというものは(元来よりそうであったように)高い利用価値がある一方で、真の意味でのWebの使命はビジネスを超えたところにあるのではないか、という仮説が浮上してくる。
Webとパソコン等の市場とは似て非なる世界だということでもある。この点については、今後も様々な場面で思索を深めてみたいと思う。

個人的には茂木健一郎さんの脳科学に関する話に強く興味を惹かれた。機会をつくって更に学んでみたいと感じた次第である。

著者プロフィール

【梅田望夫】
1960年生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学科修士。
米国の大手コンサルティング会社、アーサー・D・リトルに入社。94年からシリコンバレーに。 97年に独立し、シリコンバレーにコンサルティング会社「ミューズ・アソシエイツ」を設立。日本のコンピュータ関連企業の経営者に対するマネジメント・コンサルティングを中心に活動。
2000年に、岡本行夫氏(岡本アソシエイツ代表)らとベンチャーキャピタル「パシフィカファンド」を設立。General Partnerとしてベンチャー投資業務にも従事。 2002年に、NPO「JTPA(Japanese Technology Professionals Association)」設立に参画、ボードメンバーとなる。
2005年3月、(株)はてな取締役に就任。

【茂木健一郎】
脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授(脳科学、認知科学)、東京芸術大学非常勤講師(美術解剖学)。
1962年10月20日東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。
理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。
主な著書に『脳とクオリア』『生きて死ぬ私』『心を生みだす脳のシステム』『意識とはなにか--<私>を生成する脳』『脳内現象』他。専門は脳科学、認知科学。
「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。『脳と仮想』で、第四回小林秀雄賞を受賞。
2006年1月より、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』キャスター。

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