桂冠塾

開催内容 桂冠塾【第59回】

『変身』(カフカ)

開催日時 2010年24月20日(土) 14:00~17:00
会場 西武池袋線大泉学園駅・徒歩3分 勤労福祉会館 和室(小)

開催。諸々コメント。

布地の販売員として各地に出張している主人公グレーゴル・ザムザ。
一家には両親が作ってしまった多額の借金があり、グレーゴルには仕事面や人間関係、睡眠不足など様々な不満があるが、今の仕事は続けなければならない状況である。その日も出張に行く彼が朝起きると巨大な毒虫になっていた。仰天した家族は、ステッキでなぐりつけて彼を自室に追いやる。

家族は彼のことを他人の目につかないように家の中に住まわせ、妹が虫となった彼の世話を始める。しかし壁を這い回る虫の姿に母親が失神。父親に投げつけられたりんごによってグレーゴルは大怪我を負ってしまう。

稼ぎ手を失った両親と妹は働くに出るようになる。自宅には下宿人を住まわせ収入を得ようとするが、虫の存在に気づいた下宿人は下宿代を払わず引き払っていく。妹は虫となったグレーゴルを見捨てるべきだと言い父親も同意する。そんな家族の姿をみたグレーゴルは自室に戻り、人間だった頃の記憶を思い返しながら絶命する。

死骸はお手伝いによって片付けられる。休みを取った三人が散策しながら恵まれた仕事のことを話し、両親は年頃になった娘に縁談を考えなければと考えるシーンで物語は終わる。

個々人の感情の描写は意外と少なく、淡々と書き進められている感がある作品といえると思います。
あらすじを追うだけでもなんともやりきれないものを感じてしまう作品ですが、カフカはこの物語で何を訴えたかったのでしょうか。
カフカが文字にしなかった気持ちに思いをはせながら読み進めたいと思います。

作者/h4> フランツ・カフカ(Franz Kafka)
フランツ・カフカ(Franz Kafka, 1883年7月3日~1924年6月3日)は、現在のチェコ出身のドイツ語作家。プラハのユダヤ人の家庭に生まれ、法律を学んだのち保険局に勤めながら作品を執筆、常に不安と孤独の漂う、夢の世界を思わせるような独特の小説作品を残した。
その著作は数編の長編小説と多数の短編、日記および恋人などに宛てた膨大な量の手紙から成る。
生前は『変身』など数冊の著書が知られるのみだったが、死後に友人マックス・ブロートによって未完の長編『審判』『城』『失踪者』を始めとする遺稿が発表されてから再評価を受け、特に実存主義から注目されたことによって世界的なブームとなった。現在ではジェイムズ・ジョイス、マルセル・プルーストと並び20世紀の文学を代表する作家と見なされている。

物語のあらすじ/h4> 作品は3部で構成されている。
【1】
布地の販売員として各地に出張している主人公グレーゴル・ザムザ。
一家には両親が作ってしまった多額の借金があり、グレーゴルには仕事面や人間関係、睡眠不足など様々な不満があるが、今の仕事は続けなければならない状況である。その日も出張に行く彼が朝起きると巨大な毒虫になっていた。
仰天する家族。父親は、ステッキでなぐりつけて彼を自室に追いやる。

【2】
家族は彼のことを他人の目につかないように家の中に住まわせ、妹が虫となった彼の世話を始める。しかし壁を這い回る虫の姿に母親が失神。父親に投げつけられたりんごによってグレーゴルは大怪我を負ってしまう。
稼ぎ手を失った両親と妹は働きに出るようになる。自宅には下宿人を住まわせ収入を得ようとするが、虫の存在に気づいた下宿人は下宿代を払わず引き払っていく。妹は虫となったグレーゴルを見捨てるべきだと言い父親も同意する。そんな家族の姿をみたグレーゴルは自室に戻り、人間だった頃の記憶を思い返しながら絶命する。

【3】
死骸はお手伝いによって片付けられる。その日、休みを取った三人は散策しながら恵まれた仕事のことを話し、両親は年頃になった娘に縁談を考えなければと考えるシーンで物語は終わる。

時代背景/h4> カフカが生きた1900年前後はヨーロッパ激変の時代であり、ユダヤ人であることがその運命を更に激化させた。
ドイツ帝国は1871年に普仏戦争でフランス第二帝政に勝利し成立した。ドイツはフランスからアルザス・ロレーヌ地方を奪ったが、フランス国内には反独感情が残された。ドイツ宰相オットー・フォン・ビスマルクは、フランスを国際的に孤立化させてアルザス・ロレーヌ奪回の意図を挫き、ドイツの安全を図る目的から、1882年にオーストリア、イタリアと三国同盟を締結、1887年にはロシアのバルカン半島への進出を黙認する見返りに独露再保障条約を締結し、ビスマルク体制を構築した。
しかし1890年にビスマルクが失脚すると、独露再保障条約は延長されなかった。
さらに1894年、フランスとロシアは露仏同盟を締結し、ドイツが対フランス・対ロシアの二正面作戦に直面する可能性が高まった。
ドイツは広大なロシアが総動員完結までに要する時間差を利用するシュリーフェン・プランを立案。ロシアが総動員を発令したならば、直ちに中立国ベルギーを侵略してフランス軍の背後に回りこみ、対仏戦争に早期に勝利し、その後反転してロシアを叩く計画だった。しかし外交による戦争回避の努力を無視し、中立国ベルギーを侵犯することによる国際的汚名やイギリスの参戦を招く危険性がありながら押し通すという、ドイツを世界規模の大戦争へと突き落とす可能性の高い危険な戦争計画であった。
イギリスは覇権維持のため、1904年にフランスとの長年の対立関係を解消して英仏協商を締結し、他にも1902年に日英同盟を、1907年に英露協商を締結した。こうしてヨーロッパ列強は、ドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟と、イギリス・フランス・ロシアの三国協商との対立を軸とし、さらに多数の地域的な対立を抱えるという複雑な国際関係を形成した。
その結果、1914年に第一次世界大戦が勃発。1918年に至る戦禍が世界を覆った。

イスラエルの地(パレスチナ)に故郷を再建しよう、あるいはユダヤ教、ユダヤ・イディッシュ・イスラエル文化の復興運動(ルネサンス)を興そうとするユダヤ人の近代的運動<シオニズム>が行われたのもこの時期である。

作品執筆の背景/h4> 『変身』(へんしん、Die Verwandlung)は、フランツ・カフカの中編小説。カフカの作品の中ではもっともよく知られている小説である。1912年執筆、1915年の月刊誌『ディ・ヴァイセン・ブレッター』10月号に掲載、同年12月にクルト・ヴォルフ社より「最後の審判叢書」の一冊として刊行された。
カフカはこれ以前に執筆していた「判決」「火夫」とこの作品を合わせて『息子たち』のタイトルで出版することを考えていたが、採算が合わないという出版社の判断で実現しなかった。
この作品は1912年10月から11月にかけて執筆された。当時カフカは労働傷害保険局に勤務しており、作中のグレーゴル・ザムザと同じく出張旅行も多かった。この作品の執筆も出張によって中断を余儀なくされ、カフカはこのことによって作品が出来が悪くなってしまったと日記にこぼしている。またのちに婚約を交わすフェリーツェ・バウアーに、始めたばかりの文通で執筆状況を逐一知らせていた。

「人間が虫に変身する」というモチーフはカフカの作品のなかで前例があり、1907年ごろに執筆された未完の作品「田舎の婚礼準備」には、主人公ラバンが通りを歩きながら、ベッドの中で甲虫になっている自分を夢想するシーンがある。『変身』のザムザ(Samsa)、「田舎の婚礼準備」の主人公ラバン(Raban)の名はいずれも同じ母音2つと子音3つの組み合わせからなり、作者自身の名カフカ(Kafka)を想起させる。カフカは「ザムザはカフカ自身」との指摘は否定するが「ある意味では、秘密漏洩」だと言っている。
しばしば暗い内容の作品と見なされるが、カフカはこの作品の原稿をマックス・ブロートらの前で朗読する際、絶えず笑いを漏らし、時には吹き出しながら読んでいたという。『変身』の本が刷り上がると、カフカはその文字の大きさや版面のせいで作品が暗く、切迫して見えることに不満を抱いていた。

グレーゴル・ザムザが変身する物体は通常「虫」「害虫」と訳されるが、ドイツ語の原文はUngezieferであり、鳥や小動物なども含む有害生物全般を意味する単語である。作中の記述からはどのような種類の生物かは不明であるが、ウラジミール・ナボコフは大きく膨らんだ胴を持った甲虫だろうとしている。
『変身』の初版表紙絵は写実画家のオトマール・シュタルケが担当したが、カフカは出版の際、版元のクルト・ヴォルフ社宛の手紙で「昆虫そのものを描いてはいけない」「遠くからでも姿を見せてはいけない」と注文をつけていた。実際に描かれたのは、暗い部屋に通じるドアから顔を覆いながら離れていく若い男の絵である。

.『変身』に関するカフカ自身の評価/h4> ■とても読めたものではない結末、ほとんど細部にいたるまで不完全だ。出張によって妨げられなかったら、もっといいものができていたであろう。(『日記』)
■暗号ではないですよ。ザムザはまったくカフカというわけでもないのです。『変身』は決して告白ではありません。ある意味では、秘密漏洩ではありますが。(『カフカとの対話』)
■『変身』は、恐ろしい夢です。恐ろしい表象です。(『カフカとの対話』)
■昆虫そのものを描くことはいけません。遠くのほうからでも、姿を見せてはいけません。(『手紙』)
■普通のものそれ自体がすでに奇跡なのです。僕はそれをただ記録するだけです。(『カフカとの対話』)
■『火夫』、『変身』・・・そして『判決』は、外面的また内面的にも同じものなのです。三つの作品には、明白な、かつもっともらしい秘密の結び付きがあります。息子たちという表題でこれらの作品をまとめることを、諦めたくはありません。

作品の感想

新潮文庫の100選などにも毎年取り上げられてきた作品でもあり、多くの人が少年少女時代に目にした本だと思います。
ある朝目が覚めると巨大な虫になっていた...なんとも複雑な思いにさせるシーンから始まるこの作品は、最後までもやもや、はっきりしない感情を持たせつつ物語が終わる...。
これが私の正直な感想です。
『変身』に関しては、意外と書評が出ていません。
図書館や書店に並んでいるカフカや『変身』関連の書籍は数冊しかなく、ネットを検索しても「なるほど」と思われる感想や書評は皆無という状態です。
その道の方々からみれば、時間を費やすに値しないと思われているのかもしません。
確かにネット検索で出てくる書評は浅薄な印象をぬぐい切れません。

この『変身』については様々な分析や個々人の感じ方があってよいのだと思います。おそらくカフカ自身がそれを望んでいたと思うふしもあります。出版に際して表紙や挿絵に「虫」を描かないように念を押したことはその端的な証左といえるでしょう。

当時、カフカ自身が遭遇していた職場や生活環境が作品に色濃く反映していることは間違いありません。彼自身は主人公グレーゴル・ザムザと同一ではないが「秘密漏洩」であると表現している。
つまり彼自身の心の中の真情の一部を主人公に重ねて吐露していると推察できます。
しかし、それだけではない、ということを彼は言いたかったのだと思います。
「この作品は失敗作だ」と嘆いているという事実は、もう少し深みのある示唆に富んだ伏線なり、暗示的なある意味で高尚な思想を盛り込みたかったのだとも受け止められるでしょう。
多くのカフカ研究者は作品の背景に、カフカの出生、具体的にはユダヤ人であること、幼少期からの父との確執と尊敬、独裁政治に突き進むドイツ帝国への批判、当時あまり社会的に認められていなかった公務員の仕事に就いた鬱積した思いなどを指摘しています。

そのうえで私は次の点に注目したいと思う。
それは
【1】なぜザムザは「虫」に変身してしまったのか?
【2】ザムザが変身してしまった「虫」とは、どんな意味があるのか?
【3】ザムザと彼の家族はどうして「虫」に変身したことに疑問を感じなかったのか?
【4】ザムザの家族は彼が「虫」になったことを嘆かないのはなぜなのか?

他にもいくつも疑問に感じてしまうストーリー展開があります。
このことを理由に『変身』を駄作だと断じることもできるかもしれない。
しかし、こうした居心地の悪さというか、心に引っかかる点をそのままに読み流さないことが大切だと私は思っています。
上記の点についても私なりの感じ方があり、桂冠塾当日ではお話しましたが、それはまたの機会に書き足したいと思います。

今ひとつだけ言うとしたら、それは、この作品のモチーフは架空のおとぎ話ではなく、カフカの個人的な感情の吐露にも留まらない、ということでしょうか。
『変身』が意図するもの。
それは私達一人ひとりの身の上で今も起きている、と私は感じています。

運営

桂冠塾プロジェクト
東京都練馬区東大泉5-1-7
毎月1回
オンライン開催