桂冠塾

開催内容 桂冠塾【第60回】

『吾輩は猫である』(夏目漱石)

開催日時 2010年3月27日(土) 14:00~17:00
会場 西武池袋線大泉学園駅・徒歩3分 勤労福祉会館 和室(小)

開催。諸々コメント。

今月の本は夏目漱石の『吾輩は猫である』。桂冠塾としては夏目作品は『こころ』に続いて2作品目です。
前回の折に辛口の論評と受け取られたのか、再びの夏目漱石に意外感があるようです。
『坊ちゃん』と並ぶ夏目作品前期の代表作。漱石自身の体験が色濃く反映されているのも夏目作品の特徴といえるでしょう。
「吾輩は猫である。名前はまだない。」との冒頭のフレーズは有名。読書好きの小中学生が読了する本のひとつでもありますが、全編を読んでいない...という人も多いのではないかと思います。
作品は、教師をしている人物の家に住み着いた「猫」が主人公。この猫の独白として日々の出来事が語られていくというスタイルです。
構成は11章。
初回(第1章)は高浜虚子が主宰した俳句の同人誌『ホトトギス』の1905(明治38)年1月号に掲載。当初は1回のみの読切り作品として書かれたが読者に好評を博したため、掲載に変更して1906(明治39)年8月号まで計11回まで連載したという経緯がある。
第1回目は漱石の了承を得た高浜虚子が筆を加えているため少し筆感が違うという指摘があるが、そこは漱石のこと、うまく第2章以降を継ぎ足している。この作品の成功によって、漱石の名前は一躍有名となり、その後の作家人生を歩み始めることになった。掲載雑誌『ホトトギス』もこの作品のおかげで多く発行部数を伸ばしたという。
全体としてのモチーフがあるのかないのか...。
このあたりも当日多いに語り合ってみたいと思いますが、「猫」の視点から当時の社会状況や人間の習性をコミカルに風刺する筆力は漱石ならでは。その後の日本文学に大きな影響を与えたという指摘にも納得がいきます。
また、夏目漱石という作家はどのような生き方をおくった人物なのでしょうか。小説家を目指す若き青年に贈った漱石の言葉が残っています。
「君なども死ぬまで進歩する積りでやればいいではないか。作に対したら一生懸命に自分の有らん限りの力をつくしてやればいいではないか」
様々な執筆環境で自身の才能をすり減らした印象すらある夏目漱石。
彼の登竜期の作品を共々に読み込んでみたいと思います。

作者

夏目漱石(なつめそうせき)
慶応3年1月5日〈旧暦〉(1867年2月9日)生まれ。大正5年(1916年)12月9日)〈新暦〉死去。
小説家、評論家、英文学者。本名は金之助。『吾輩は猫である』『こころ』などの作品で広く知られる、森鴎外と並ぶ明治・大正時代の大文豪である。
大学時代に正岡子規と出会い、俳句を学ぶ。帝国大学英文科卒業後、松山中学などの教師を務めた後、イギリスへ留学。帰国後東大講師を勤めながら、「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。これが評判になり「坊つちやん」「倫敦塔」などを書く。
その後朝日新聞社に入社し、「虞美人草」「三四郎」などを掲載。当初は余裕派と呼ばれた。
「修善寺の大患」後は、『行人』『こころ』『硝子戸の中』などを執筆。晩年「則天去私」の心境を語ったといわれる。終生胃潰瘍に悩まされ、「明暗」が絶筆となった。

時代背景

1905年に俳句雑誌「ホトトギス」1月号に作品発表。翌1906年8月に完結。 1904年日露戦争開戦。1904年11月に日本軍が203高地を攻略。翌1905年1月に旅順、3月に奉天を占領。5月にバルチック艦隊を撃沈、9月にポーツマス講和条約が締結。
首都東京には路面電車(街鉄)が走り、鉄道株の売買も盛んに。電話が開通し、1882年に開園した上野動物園が東京市民の憩いの場であった。

主な登場人物

吾輩(主人公の猫) 珍野家で飼われている猫。本編の語り手で名前はない。人間の生態を鋭く観察したり、猫ながら古今東西の文芸に通じており哲学的な思索にふけったりする。人間の内心を読むこともできる。自分のことを吾輩といっている。三毛子に恋心を抱いている。
三毛子 隣宅に住む二絃琴の御師匠さんの家の雌猫。主人公の事を「先生」と呼ぶ。主人公が自分を好いていることに気付いていない。
車屋の黒 大柄な雄の黒猫。べらんめい調で教養がなく、大変な乱暴者なので主人公は恐れている。
珍野苦沙弥(ちんの くしゃみ) 猫の飼い主で中学の英語教師。妻と3人の娘がいる。偏屈な性格で胃が弱くノイローゼ気味である(漱石自身がモデルとされる)。
迷亭(めいてい) 苦沙弥の友人の美学者。ホラ話で人をかついで楽しむのが趣味の粋人(美学者大塚保治がモデルともいわれるが漱石は否定したという。また、漱石の妻鏡子の著書『漱石の思ひ出』には、漱石自身が自らの洒落好きな性格を一人歩きさせたのではないかとする内容の記述がある)。
水島寒月(みずしま かんげつ) 理学者で、苦沙弥の元教え子。なかなかの好男子(寺田寅彦がモデルといわれる)。富子に演奏会で一目惚れする。バイオリンをたしなむ。
越智東風(おち とうふう) 詩人で、寒月の友人。「おちこち」と自称している。
八木独仙(やぎ どくせん) 哲学者。ヤギのような髭を生やし意味不明な警句を吐くが、誰も分からない。
甘木先生 苦沙弥の主治医、温厚な性格。「甘木先生」は縦書きだと「某先生」と読める。
金田(かねだ) 近所の実業家。苦沙弥に嫌われている。苦沙弥をなんとかして凹ませてやろうと嫌がらせをする。
金田鼻子(はなこ) 金田の細君。珍野邸に寒月と自分の娘との縁談の相談に来るが、横柄な態度で苦沙弥に嫌われる。巨大な鼻の持ち主で「鼻子」と猫につけられる(鼻が大きくて「鼻の圓遊」と呼ばれた明治の落語家初代三遊亭圓遊にヒントを得て創作されたという説がある)。
金田富子(とみこ) 金田の娘。母親似でわがままだが、巨大な鼻までは母親に似ていない。寒月に同じく演奏会で一目惚れする。安倍川餅が大の好物。
鈴木籐十郎(すずき とうじゅうろう) 苦沙弥、迷亭の学生時代の同級生。金田家に出入りし、金田の意を受けて苦沙弥の様子をさぐる。
多々良三平(たたら さんぺい) 苦沙弥の教え子。猫鍋をしきりと師である苦沙弥にすすめる。
牧山(まきやま) 静岡在住の迷亭の叔父。園遊会出席のため上京、苦沙弥と出会う。丁髷を結い鉄扇を手放さない旧幕時代の権化のような人物である(内藤鳴雪がモデルとされる)。
珍野夫人 苦沙弥の細君。英語や小難しい話はほとんど通じない。頭にハゲがある。
珍野とん子 珍野家の長女。「お茶の水」を「お茶の味噌」と言ったり、言葉間違いが多い。
珍野すん子 珍野家の次女。いつも姉のとん子と一緒にいる。
珍野めん子 珍野家の三女。三歳。通称、坊ば。「ばぶ」が口癖。
おさん 珍野家の下女。名は清という。主人公の猫を好いていない。
雪江 苦沙弥の姪、女学生。時々珍野邸に来て苦沙弥とケンカする。寒月に淡い恋心を抱いている。
二絃琴の御師匠さん 三毛子の飼い主。天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先の御っかさんの甥の娘。

作品の感想

全11章で構成、当初は現存する第1章のみの読切のつもりで書かれたというエピソードがある作品です。

夏目漱石は近代日本文学をリードした文豪であり、一時期、紙幣を飾った偉人とされる人物です(余談ですが...あの紙幣の発行期間は短かったですね...)。
私個人の夏目漱石評は一言で言えば「大量執筆で才能をすり減らせてしまった不運な偉人」。一つ一つの作品にもう少し魂を込めて取り組めたら、もっと素晴らしい作品が残せたのではないかと感じています。

いま読んでみるとさほど大きな変化と感じにくいですが、漱石の功労の大きなひとつは言文一致での創作活動にあります。
当時の文学界最大の試行錯誤はこの「言文一致運動」と呼ばれ、様々な作家が試みますが現在まで一定の評価を得ているのは二葉亭四迷の「浮雲」程度であり、そうした混沌とした状況の中で本作品『吾輩は猫である』は一世を風靡した感があります。
その後も漱石の創作活動は留まるところを知らず、次々と口語体の作品を連発して近代の日本文学のみならず「近代の日本語」そのものを確立させたという評価をする研究者も少なくありません。
このあたりの評価が正確に認識されていないのかも...漱石の作品が小中学校での必読書や読書感想文の課題図書になることも多いわけですが、「なぜこの本が薦められているのか?」について教師から話してもらった経験が、少なくとも、私にはありません。
特に10代20代の青少年世代には、漱石作品をはじめ教育現場で推薦される作品には、それぞれにある一定の評価を一つ一つ丁寧に伝えていく必要があると私は強く感じています。

また本作品の大きな特徴として、語り手が人間ではなく「猫」であるという点が挙げられます。
その意味では、一人称で書かれている私小説であり、猫の目から見た擬人化小説でもあり、人間ではないために普通にはなかなか書けない視点を堂々と書いてしまえている...など様々な文学的効果を創出しています。
普通に登場人物が言ったら「差別だ」「偏見だ」と非難を浴びてしまいそうな表現があちこちに...(^_^;)。しかし(だからこそ)その視点が新鮮で、本質に迫るものがある。
私たちが日常生活で通念としている社会規範って何だろうなぁと疑問に感じてきます。

全体として読みやすい作品です。 この筆力が漱石作品の特徴のひとつですが、その反面の評価として「だらだらと書いている」と感じる人も少なくないのだろうと思います。

ちなみに...「1時間で読める!夏目漱石 要約・『吾輩は猫である』」という本が出ています。すでに何冊か発刊されている「1時間で読める!」シリーズの一冊です。
当時の写真や関連データが掲載されていて読み進める参考図書としても最適です。
※たとえば...三毛猫(茶・黒・白の毛が生えたネコ)って99%以上がメスだって知っていましたか?びっくりです。
この要約本に目を通して一番興味深かったこと。
それは、作品の要約にも関わらず、6章は4行で済ませて7章~10章についての記載が全くないこと(!)。全11章のうちこの4章分が完全に省略されているのである(^_^;)。なんとも思い切ったもんだなぁと、びっくりというか、感嘆。
それでも全体の話の流れはほぼ正しく理解できる。
まあ、そういう一面も真実なんだなと思わせるのが漱石作品でもあるんですね。

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