桂冠塾

開催内容 桂冠塾【第62回】

『ザ・ゴール』(エリヤフ・ゴールドラット)

開催日時 2010年5月22日(土) 14:00~17:00
会場 西武池袋線大泉学園駅・徒歩3分 勤労福祉会館 和室(小)

開催。諸々コメント。

今回の本は『ザ・ゴール』。 ビジネス書からピックアップしました。
作品が発表されたアメリカでは、一貫してビジネスマン必読書と言われてきた本の一冊です。

2001年の日本語訳出版以来、日本においても業務改善に携わる方、特に製造系の職場で働く人に多く読まれてきました。

製造系の改善は結果を出しやすいとの指摘は従前から言われてきたことでもあり、私の経験から言っても真実であると言えます。
製造系以外に従事するメンバー、特に市場と需要そのものを創出しなければならない分野の創業者、また不特定多数を顧客とするサービス業、小売業等の経営者からは「大して役に立たない」との指摘も少なくありません。

製造系の改善ができる人であっても、小売やサービス業の企業経営者が務まらない人が多い。 しかし、小売業やサービス業で目標を達成できる経営者は、ほぼ100%、製造業でも成功する。 その意味では、本書での取り組みは製造業以外の経営者から見れば、至極当たり前のことをやっているとも言えます。

しかし作者の意図は製造業にとどまらず、様々な業界に通用する思考プロセス<TOC>として磨きをかけ、理論的な完成度を高めていこうとします。
その原理原則論を元に、個々の経営者またビジネスパーソンが自身の経営判断を高める資質を高めることは多少なりともできるのではないかと感じます。
その結果、より多くの人の思考の底上げができる。
これが本書が読まれる最大の効果と言えるのかも知れません。

作者のエリヤフ・ゴールドラット氏は物理学者。友人の工場経営者に相談されたことがきっかけで、物理学の理論で生産スケジューリングの問題点を解決に導きました。この経験を元にスケジューリングソフトを開発し、その販売促進のために書いた小説が本書、というわけです。

この小説には後日談があり、本書を読んだ読者が、ゴールドラット氏が開発したスケジューリング・ソフトを利用しなくても改善効果を得始めることになります。なんとも皮肉な自己矛盾。ゴールドラット氏はソフト会社の社長を辞任を決断し、TOC理論の普及を生涯の事業としてきました。

題名の『ザ・ゴール』とはずばり「目標」を指しています。
サブタイトルに「企業の究極の目的とは何か」とつけられている点から推察すると「究極の目的」という意味合いを強く意識しているのかもしれない。
原書の発刊は1985年。その後15年余りにわたって日本語訳版の許可が出なかったという逸話で話題をさらった一書でもあります。
日本語版を許可しなかった理由としてゴールドラット氏が稲垣公夫氏に次のように語ったと紹介されています。
『ザ・ゴール』が日本語で出版されると、世界経済が破綻してしまうので許可しないのだ。
日本人は、部分最適の改善にかけては世界で超一級だ。その日本人に『ザ・ゴール』に書いたような全体最適化の手法を教えてしまったら、貿易摩擦が再燃して世界経済が大混乱に陥る。
冗談か本気か、なんとも大げさなドンキホーテのような言い草にも聞こえますが、そのくらい真剣にゴールドラット氏はこのTOC理論を高く評価し、普及に尽力してきたのだと感じます。

小説としては表現の豊かさに欠けるという指摘もあるようですが、世界中のビジネスパーソンに読まれてきた本書を一気通貫して読んでみたいと思います。
きっと明日からの思考に何らかの変化が現れることを期待して...。

作品の感想

本書『ザ・ゴール』は業務改善に取り組む仕事をしているメンバーにはよく読まれてきた小説です。私個人としては続編である『ザ・ゴール2-思考プロセス-』(原題『It's Not Luck』)が一番感覚的にしっくりくる感じですが、ゴールドラット博士の代表作ということで本書を取り上げました。

一言で説明すれば“博士が製造工場の現場改善を通して考案した生産スケジューリングソフトの販売普及のために小説という形を用いて本を出版した”ということ。
そして関係者のほとんどが出版は失敗するだろうという反対の中で、発売当初からベストセラーに。
本書を読んだ製造業関係者から「本書は我が社をモデルにしたのか?本当によく問題の本質を突いている」という趣旨の声が寄せられる。
そして間もなく「本書に書いてある通りに実践して改善成果を出すことができた」という手紙が次々と届くようになったと書かれています。
このこと自体(本が売れたこと)は素晴らしい結果であるが、ゴールドラット博士にとっては全くの誤算であった。
それはどういう意味かといえば、本書の目的はあくまでも生産スケジューリングソフトを販売するための動機付けにしたかったためであるからだと述べています。

しかし結果的には生産スケジューリングソフトという「モノ」は必要なかったのである。 大切なのは改善のための「考え方」にあった。 ゴールドラット博士は逡巡の末にソフト販売会社の会長職を辞任し、自らの経営改善の理論(TOC理論)の普及啓蒙にその生涯をかけることを決意し行動を開始し、現在に至っている。

本書の構成

本書は8章で構成されています。そのあらすじをざっくり記述しておきたいと思います。

Ⅰ 突然の閉鎖通告


機械メーカーのユニコ社のユニウェア部門・ベアリントン工場所長として赴任して6か月を迎えた主人公アレックス・ロゴ。長引く経営の悪化の影響を受け、3か月で業績が改善されないと工場を閉鎖されると通告される。妻との離婚の危機もむかえてしまうアレックスは、手の打ちようもなく意気消沈していく。

Ⅱ 恩師との邂逅


アレックスは2週間目に再会した恩師ジョナを思い出す。ジョナは学会で工業用ロボット導入の成果を発表するというアレックスに質問をした。「出荷量は増えたのか」「従業員数は減らしたか」「在庫は減ったか」...。答えを聞いたジョナはアレックスの工場に問題があると断言する。
とまどうアレックスに「君の会社の目標は何か」と問いかける。そしてその目標は「一つしかない」と言って去っていった。
工場の経理課長ルーを話す中で「純利益」「投資収益率」「キャッシュフロー」の3つの指標が大切という結論になり、この3つを同時に増やすことでお金を儲けることが企業の目的であるとの認識に至る。

Ⅲ 亀裂


アレックスはジョナの連絡先を探し出し「会社の目的はお金を儲けることだ」と告げる。会社の目標に自分の工場が役立っているかどうかどうやったら知ることができるかと尋ねるアレックスにジョナは評価指標は「スループット」「在庫」「業務費用」であり、その定義は従来とは違うと語る。スループットは「販売を通じてお金を作り出す割合」、在庫は「販売しようとする物を購入するために投資したすべてのお金」、業務費用とは「在庫をスループットに変えるために費やしたお金」であると。そして「部分的な最適化」には興味がないと言った。工場に出たアレックスはスタッフに導入したロボットが売上向上に貢献したかどうかを尋ねる。売上が上がったとの実証は何もなく、部品の在庫は増えていた。その理由はロボットの効率を上げるために生産量を増やしたことにあった。そして工場の問題は「スループット」「在庫」「業務費用」を改善することで解決するはずだと告げる。では何をしたらいいのか?その答えを求めてジョナに会うためにニューヨークに向かう。
ジョナは基本的なルールを教えるから自分達で改善せよと言う。そして全てのリソースの生産能力が市場の需要と完璧にバランスがとれると会社は倒産に近づくという。「従属事象」と「統計的変動」の組み合わせが重要であり、それがアレックスの工場にとって何を意味しているかがわかれば電話をくれと言って立ち去る。
この間も、次第に離れていく妻の心を取り戻すことはできない。

Ⅳ ハイキング


週末の土曜日。息子デイブが所属するボーイスカウトのハイキングに同行する。急遽隊長が参加できずアレックスが15人の子供を目的地に連れて行くことになる。「従属事象」と「統計的変動」が頭を離れないアレックスの目の前でどんどん遅れていく子供達の隊列。昼食休憩でアレックスはさいころとマッチ棒のゲームを考えつく。「従属事象」と「統計的変動」の関係の実験だ。子供達の隊列と工場に置き換えてみて今の現状を納得する。
昼食後歩き始めると隊列が遅くなった原因であるハービーが皆に迷惑を変えないようにと最後尾に回る。先頭の速度ははやくなったが先頭と最後尾までの隊列は長くなってしまった。
アレックスは全員が着くことが目的であると説明し、ハービーを先頭にして他人を追い越すことを禁止、全員が手をつないで歩くようにする。のろのろになった隊列の子供達からハービーの荷物の一部を負担する子供が現れ、全体の速度が向上。夕暮れ前にキャンプ地に到着した。
翌日の夕刻、親子二人で帰宅すると妻は家を出た後だった。
月曜日。100個の部品を今日中に出荷せよととの指令が出た。工員とロボットの能力から出荷できるというスタッフを相手にアレックスは出荷時間までに100個は揃わないという。それはハイキングの経験から得た結果だという。実際に部品100個は揃わなかった。
※経営改善の着眼点を明確にするためにアレックスは敢えて出荷できない道を選んだことになる(なかなかの意志の強靭さをしめしたなぁ^^)。しかしあえて指摘しておくと現状のやり方でもあとひとつ簡単な工夫をするだけで100個の出荷ができたのだ。このことは当日の桂冠塾の中で指摘したとおりである。

Ⅴ ハービーを探せ


昨日の事態を元に「従属事象」と「統計的変動」をいかに克服するかスタッフと協議するアレックスは、工場の現状を改善するためには「全体を最適化する」ことが必要だとわかったことをジョナに報告する。ジョナから次のステップは「リソースをボトルネックと非ボトルネックに分けよ」とアドバイスが出る。そして「需要には生産能力をあわせるのではなく、製品フローをあわせよ」「ボトルネックのフローを需要にあわせよ」と。
工場内でのボトルネック探しが始まった。データによる探索に行き詰った彼らは現場を見て仕掛品が溜まっているところがボトルネックだと気づく。そしてみつかった「ハービー」は二人。一人目は最新鋭ロボットのNCX-10。もう一人は熱処理センターであった。
アレックス達はジョナを工場に迎える。共に現場を歩き、改善の視点を指摘する。
スループットに繋がる部品を優先させるための方策としてボトルネックの作業者の勤務シフトを変更し、部品を色分けで区分する改善策を実施する。システムでは発見できなかった現場の智慧が改善の速度を加速させていく。
家庭では...妻の居場所が実家であることを知る。妻との時間を大切に過ごし始めるアレックスに少しずつ気持ちがほぐれていく。

Ⅵ つかの間の祝杯


改善が順調に進んでいるかに見えたが「ボトルネックが広がった」との報告が届く。電話で実施した改善改善と新たなボトルネックの話を聞いたジョナは色分けによる優先システムに関心を示し工場を再訪問する。アイドルタイムを気にする余り、余剰在庫を抱える愚策を指摘する。
息子デイブのアイデアをヒントにドラム・バッファ・ロープの改善を実施することになった。

Ⅶ 報告書


原価管理の評価メジャーの不具合に直面するが、現実に結果を出しているアレックスの工場と数値上の差異に、経営者陣も少しずつTOCの考えを理解する方向に動き始める。

Ⅷ 新たな尺度


アレックス達の改善はユニコ社の経営の考え方を変革していく。
そして彼らの話題はTOCを構成する様々な手法に広がり、最終的には自分たち自身がジョナに成長することが大切であると気づくシーンで物語は終わりを迎える。

TOC理論のめざすもの

本書のおもしろみのひとつは、小説を読む感覚で経営理論を学ぶことができる点であろう。そしてその理論を知らない人であっても、小説の舞台となった工場現場での経営改善の進捗や関係者達の相対する意見の応酬を通じて思考の本質がわかるように説明しようという作者の意図、努力がよくわかる。

改訂版に際して加筆修正を加えたのであろう第8章は少しくどい感じがするが、この点は小説としては間違いなくマイナス評価だが、理論の理解を深めてほしいと願う作者としてはあえて書いておきたかったのだろうと思う。

当初、本書が書かれた時点での理論は製造現場の改善の域を出ていなかったが、TOC理論に発展。本書においても改善の思考を用いて、夫婦関係の感情の行き違い、家族内やハイキングで遅れた進捗を改善するシーンが出てくる。本書が書かれた時点では製造現場の改善のヒントとして登場しているが、様々な分野に理論展開していく萌芽があったと見ることもできるだろう。

TOCの理論的進化にあわせて『ザ・ゴール2』をはじめ『クリティカル・チェーン』『チェンジ・ザ・ルール』等の続編が発表された。最新作は『ザ・クリスタルボール』で「小売業の常識を覆した」と宣伝している。巻末の解説には「小売業の常識を変えてしまったと後世言われることになるだろうとの評価が高い」と書かれていますが、内容は物流管理、購買の領域にすぎず、所詮はBtoB。
フランチャイズチェーン展開に触れているのがわずかに小売業的ではありますが、単に概要に触れている程度であって「常識」を覆すようなものでもなく...。全体としても個々の場面においても、小売の改善とは異質のもの。これでは最終消費者を相手にした小売業、サービス業等の変革は期待はできません...。
あまり大げさな表現をすると「TOCそのものが怪しい」と思われやしないかと、そのほうが心配です(^_^;)
そうしたネガティブな要因を考慮して上でも、TOC理論が目指すもの、TOC理論の汎用性は高く評価できると私も感じています。従来の経営手法の有能な箇所を活かしつつ、現場の経験とスキルから生まれてきた実効性を組み合わせて、より現実的に効率的に改革を進めるためのよきツールと育つと思います。
ある人から言われたことがあります。
それは「自分にはツールが必要と感じたことがない」「TOCで述べていることは常識的なことばかりで目新しくない」...。

ある一面、まったくそのとおりだと言えるでしょう。
しかし、より多くの人が仕事に関わっていく、雇用を創出していくことをひとつの中間目標にすえるとすれば、様々な考えの人達、思考の浅深の差の大きな状況の中で同じ目標に向かって進むためには、より有効性の高い改善ツール、経営理論の実践が求められるのも事実であると私は思っています。

『ザ・ゴール』誕生の経緯とTOC

1970年代後半にイスラエルの物理学者エリー・ゴールドラット博士は生産スケジューリングのことを相談され、物理学の研究で得た発想や知識を使って当時としてはアーキテクチャ面で画期的な生産スケジューリングの方法を編み出し、ソフトウェアに仕立てることに成功した。
ゴールドラット博士はその生産スケジューリングソフトウェアをOPT(Optimized Production Technology)と名付け、米国にこれを販売する企業を設立し、会長の座に就いた。OPTは高価なソフトウェアであるにもかかわらず、それを導入した工場では生産性が大幅に改善され、生産リードタイムが劇的に短縮するという効果が出て一躍注目されるようになった。しかしゴールドラット博士はOPTの詳しい仕組みは一切公表せず、ソフトウェア開発もイスラエルで行っていた。この状況は、MRP(Material Requirements Planning:資源所要量計画)のように最初に提唱されたころからその仕組みが完全に公表されているものとはまったく違っていたのである。このため生産管理の専門家の中には中身が分からないOPTを無視しようとする傾向が強くあった。
彼はこのOPTの基本的な原理を分かりやすく説明する小説を書くことを思い立つ。このアイデアに周囲は皆が反対した。しかし周囲の反対を押し切って『The Goal』(邦訳『ザ・ゴール』2001年)という企業小説を書いた。周囲の心配をよそに爆発的な売れ行きを示し、たちまちミリオンセラーになった。
この『The Goal』の出版直後に、多くの読者から『The Goal』は自分の工場とまったく同じ状況を描いているとか、自分の工場をモデルにしたのではないかという手紙が舞い込むようになる。中には小説にあるとおりに改善を実施してみたら、小説とまったく同じような劇的な成果が出たという手紙もあった。このことはゴールドラット博士のみならず、周辺のメンバーにとってもショッキングな出来事だった。OPT抜きで見事に企業改革、サプライチェーン・マネジメントの基礎を確立した企業が発生したからである。ゴールドラット博士自身はOPTの販売から身を引き、OPTの背後にある考え方をTOC(Theory Of Constraints:制約条件の理論)と名付け、経営コンサルティングに従事するようになった。

TOC理論

TOCという名前は、OPTのスケジューリングが工場内のボトルネック工程(生産の制約条件)に着目しているところから名付けられ、さらにTOCをスケジューリング手法から制約条件に改善活動を集中させる経営改善の手法へと発展させた。
これが改善の5ステップである。
※TOC 5ステップ
ステップ1:制約条件の特定
ステップ2:制約条件の活用
ステップ3:制約条件に従属させる
ステップ4:制約条件を強化する
ステップ5:再度、制約条件を特定する

■TOCの目指すもの──企業の“ゴール”は業績/利益

TOCでは「改善」ということを厳密にとらえている。「改善とはボトムライン(利益)を改善する活動のみを指す」ということである。従って、問題点を羅列して全社員を巻き込むことに重点を置いてきたTQC(Total Quality Control)とは一線を画す。
TOCが改善ステップの「ステップ1:制約条件の特定」を位置付けているのは企業全体のサプライチェーンを見渡した際に、真の制約条件こそがサプライチェーン全体の利益を規定してしまうという理解から、総花的改善ではなく真の制約条件から重点的にかつ真っ先に取り組むことを指摘している。多くの問題点、課題が散在している実在の企業活動だが、片っ端から問題を解決していくことが利益直結の活動につながるとはいい難い。

TOCは全体最適を追求し、個々の改善を積み上げる部分最適化手法を否定する。このことはすべての改善活動が企業の利益に直結していなければならないとの考え方に起因する。海外部品に置換し部品原価を削減しても、リードタイムが延びて製品の在庫がかえって増加してしまったり、結果的に値引き販売に走り販売経費が増してしまうようでは企業利益は増加しない。
そこで、改善を測定する指標、改善活動が本当に企業活動にとって意味のある活動か否かを判断できる指標が必要になってくる。ゴールドラット博士は、以下の指標を提示している。
※TOCの評価指標
スループット(T)= 売上-資材費 ≒ 企業システムが売上を通して貨幣を創出する比率
純利益 = スループット(T)- 経常費用(OE)
ROI = {スループット(T)-経常費用(OE)}÷在庫(I)
在庫 ≒ 企業システムが販売を意図するものを購入する際に投資する金額
経常費用(OE) ≒ 企業システムが在庫をスループットに変換するために支出する金額

スループット(T:Throughput)
経常費用(OE:Operating Expense)
投資利益率(ROI:Return On Investment)
在庫(I:Inventory)

これらの指標の目的は在庫と経常費用を最小限にしながら、スループットを最大化することにある。
スループットは最も重要な概念で、売上から変動費の代表格である売上原価を取り除いた利益を指す。通常スループットは製品単位で測定するが、合計したスループットは製品群、工場、事業部のスループットの合計値となる。時間当たりのスループットを測定し、これを最大化するために何をすればよいかを検討するところにTOCの特徴がある。
通常の原価計算は1カ月で締めてみて、ある工場、製品群、指図書単位に結果的に生じた原価を把握し、問題を探ろうとするが、TOCの指標はこれから生じるスループットを最大化するために、いかなる生産計画を組み替えればよいか、製造すべきか、購入すべきか、はたまた修理して出荷すべきか廃棄にすべきかを企業全体の利益に直結するか否かで判断しようとするのである。

コスト管理の世界の前提条件は各部門、工程個別に指標を改善すれば企業全体の収益性が改善するし、各製品の標準原価を下げると企業のトータルコストは減るという考え方である。
そこでの代表的な指標は、

設備稼働率=稼動時間÷操業時間
標準原価=資材費+作業時間×ローディング  などである。

TOCではROIも重視しているが、現場で簡便に利用できる指標として、スループット、経常費用、在庫の3項目に絞っている。この3項目の組み合わせであるROIは、全社の利益を代表する指標として、グローバル指標と呼んでいる

■個別にコスト削減することのムダ

実際に、コストを下げても在庫がその分増大すればROIは改善されない。売上を上げても、経常費用や在庫が増大すればROIは改善されない。
「What is your Goal? Make More Money!」は「現在から将来にかけて」利益を生み続けることが目的であることを指摘している。
在庫削減やコストダウンをそれ自身単体で実施し、企業全体のバランスや、最も重要なスループットとの兼ね合いを気にせずに個別改善を積み上げれば結果的に企業全体が良くなるという神話は成立しないということを指摘している。あたかも図1では個別コストをプロセスごとに集約しているように見えるが、本来のサプライチェーンではチェーンの強さや速度を評価しなければならない。
チェーン全体の強さを評価すると個別に改善するのではなくて企業全体の中で最も弱い、本質的な制約を解消しなければ企業利益は向上しないことが分かり、サプライチェーン全体の利益は制約条件を解消する以外には向上しないことが容易に理解できよう。
個別改善を積み上げるのではなく全体の中でどこに制約条件が存在するかを特定し、そこから手を付けることこそ、企業業績向上策にほかならない。 工場改善が相変わらずコストダウンに向かい、営業活動とはまったく同期が取れていない状況では、一見コストは下がっているようでも企業全体では効果が出ない実態がよく見られる。

■「どこに焦点を当てるか?」に関する意思決定

3つの指標のうち、改善の対象としてどれか1つを選ぶことになった場合、ほとんどの人は直感的にスループット改善を最も重要だと選択する。この選択は説得力を持った主張に基づいている。
在庫と経常費用(オペレーティングイクスペンス)の改善には限度がある。それらはゼロを超えて削減できないし、ある程度の在庫、経常費用はスループットを生み出すためには不可欠なものである。
経常費用削減(コストダウン)に集中した活動を続けながら、継続的に利益を向上させていくプロセスというのはそれほど長い間は維持できない。経常費用ゼロの目的に近づけば近づくほど、継続はますます難しくなり、その目的が達成されても、売上もゼロに近づいて削減されてしまう。
在庫と経常費用はスループットを生み出すために存在しているのだとしたら、スループットを向上させるために何をすべきであるのかについて理解を深めなければならない。
本来スループットには限度がなく、スループットは改善のための大きな機会を生み出してくれる。
もしスループットの数値が十分な速度で継続的に向上し続けるのであれば、莫大な在庫と経常費用を抱えるという「罪」さえも許され得る。スループットは相互に依存した企業活動のプロセスによって生み出されるものであり、その増加のために改善しなければならないことはそれほど多くない。その点において、スループットに集中することが非常に大きな影響力を持つことになるといえる。

■99対1の法則

連続した2つの資源(生産設備と考えてもよい)が生産工程をなしている際に、1番目の設備から順繰りに材料が第2設備へ渡される限り、第1設備と第2設備は同期して稼働する可能性がある。これはあくまで可能性であって、一般的には第1設備の需要が逼迫して100%の能力に達するときには、第1設備のわずかなつまずきが2番目の設備(資源)に供給できなくなる可能性を非常に高くしてしまう。

そして、もし本当に供給することができなければ、2番目の資源もまた次の資源へ材料を供給することができなくなってしまうことであろう(いわゆる玉突き現象)。さらに、第1設備からの材料供給がバラツキを持つと、第2設備はいっそう苦しくなり、より大きなバラツキを持ってしまうことになる。つまり前工程のバラツキは次工程の稼働をいっそう低下させてしまう傾向にある。第2工程(設備)の負荷が100%に達することはめったにない。そこを考えれば、すべての設備に着目する必要はなくなるのである。
いかなる事象の連鎖において、最も弱い鎖はただ1つである。もし改善が必要であるならば、最も弱い鎖の輪だけを強化すればよい。
このことはどこに焦点を当てるかを決定する際の手掛かりとなる。パレートの法則では80対20のルールを教えている。この考え方は「99対1のルール」としても適用することができる。
すなわち、「99%の影響は1%の変化によって生じる」である。

■弱い鎖を明らかにする

どこに着目して改善を行うかを知るためには、企業システムの限界とその影響を知ることが必要である。企業が無限に金を稼ぎ出さない限り、弱い鎖が必ず存在しているはずである。ではどのように弱い鎖を特定するべきなのだろうか、またその弱い鎖がその能力を最大限に発揮しようとするのを制限する要素は何だろうか。弱い鎖は制約(条件)と呼ばれ、多くのカテゴリに分類される。
•行動制約
•管理(方針)制約
•能力制約
•市場制約
•ロジスティックス制約

これらの制約はそれぞれ会社の円滑な事業運営に独自の影響を与える。ロジスティックス制約は計画・管理システムがシステムに与える限界などである。管理(方針)制約とは誤った管理戦略、方針、意思決定のために生まれてしまうメカニズムなどである。行動制約は、全体最適な観点から見たときにつたない業務遂行につながる従業員の行動や仕事の習慣などである。

■管理(方針)制約
不適切な管理方針はしばしば物理的な資源を最大限に活用する能力を制限したり、スループット創出を妨害したりする。例えば、通常の原価計算制度に従って工場利益計画を策定すると、固定費を配賦する対象を求めるために大量生産を是認し、架空の生産利益を生み出しているかのように思い込ませてしまう。実際、こうした方針は在庫を積み増し、結果的に販売経費の増加を招き深刻な利益の低下をもたらす可能性がある(原料系の製造業では多くの企業が信じている)。これを打破する唯一の方法は重役たちの考え方を変えることである。

■能力制約
需要が資源(生産設備など)の利用可能能力を超えるときには必ず能力制約が生まれる。能力制約とは具体的には機械、人間などのことであり、スループットの創出を制限するものである。第1次制約条件は企業全体のアウトプットを制限する制約条件である。それに対して、第2次制約条件はそのほかの能力を第1次制約条件に適正に従属させる能力を制限するものである。つまり、ある資源に対する需要が増加し、それが第1次制約条件に対して必要なものを供給できなくなる可能性が高くなったとき、その問題は第2次制約条件に移ったといえる。これらの能力制約はSCPと呼ばれるサプライチェーン管理のソフトウェアを活用することで特定できる。

■制約を探し出す手段

制約条件のうち、能力制約は把握しやすい。これはSCP(サプライチェーン・プランニング)と総称されるソフトウェアを利用すれば可能になる。
例えば、そもそも企業が保有する生産能力を超える需要がいつ、どの程度押し寄せてくるかを知るには需要予測ソフトを活用することで、ある程度は正確に把握可能である。
その需要を満たすに足りる在庫と生産能力が準備されているか否かを判定し、在庫を充足させ、生産を納期に間に合わせるためにどのように計画を変更するべきかを教えてくれるのがサプライチェーン・プランニングソフトである。これらはAPS(Advanced Planning and Scheduling)とも呼ばれる。A.I.を活用したり、TOCのロジックを活用したりして需要に最適な生産・在庫供給計画を策定する。

TOCのロジックを活用して供給計画を策定・変更していく場合の特徴は、ソフト上に売り場在庫や、倉庫在庫、工場の生産工程、および資材在庫などサプライチェーンをモデリングし、第1に、その時点で需要にこたえるために最も弱点になる部分(倉庫在庫、生産工程など)をとらえる。そこが制約条件になるのである。第2に、制約条件にいかりを下ろして、制約工程や設備をフル稼働させていくための資材確保、材料供給計画を具体化する。そのうえで制約工程から顧客に製品が届くまでの全体最適化のプランを策定するのである。

■ドラム・バッファ・ロープとSCMソフトアルゴリズム

TOCの供給スケジューリングはスループット最大化に主眼を置き、制約条件の徹底活用を促進するアルゴリズムを持っている。棚卸資産(完成品在庫+部品在庫)も同時に最小化するために「同期生産」(Synchronous Manufacturing)の思想に基づいたスケジューリングが行われる。資材過不足と生産能力の双方を同時に考慮し、MRP(Material Requirement Planning=資材所要量計画)機能の一部を取り込んでいる。TOCのスケジューリング手法はDBR(ドラム・バッファ・ロープ)とも呼ばれる。これはTOCスケジューリングの最も重要な3つの要素を分かりやすく表現している。
ドラム : 制約工程を特定し、その工程をフル活用する生産スケジュールのこと
バッファ: 制約工程が受注変動に左右されないように保護時間を設定する
ロープ : 制約工程に同期した部材の配当計画のこと


軍隊の隊列が行進して山道を登っているとする。これを生産と対比すれば、各兵士は生産の各工程設備で、当然工程作業の順序を守らなければならないように兵士も前の兵士を追い越すことはできない。この隊列の隊長の任務はなるべく短時間に全員を頂上に登らせることである。兵士が登山を始めると何が起こるかを考えてみよう。まず兵士の体力やその日の体調は1人ひとり違う。そこで一番遅い兵隊が先頭以外の位置にいると遅い兵士とその前の兵隊との間の距離はどんどん拡大する。この現象は生産工程におけるボトルネック設備と最新の設備の関係に相当する。
また1人ひとりの兵士は登山途中で、道のでこぼこにつまずいたり、靴の中に入った砂利や砂を出すことがしばしば起こる。その都度その兵士と前の兵士の間に開きができる。しかし最も遅い兵士の後ろの兵士はギャップができても、最も遅い兵士より早く歩けるので、やがて追い付くことができる。従ってこのようなばらつきがあっても最も遅い兵士の後ろで、隊列はあまり広がらない。ちょうど各工程の生産活動にチョコ停(短時間の工程の停止)、不良品の発生、工程担当者の欠勤などの揺らぎがあることに相当する。そしてこの生産活動の揺らぎが仕掛け増大の原因の1つになるのである。

軍隊の行進なら、最も遅い兵士を先頭に持ってくれば隊列の広がりを防ぐことができる。しかし生産では工程順序を変えることも、特定の工程の能力を変えることも容易にできるわけではない。
そこで再度隊列のアナロジーで説明すると、最も遅い兵士が隊列の途中にいてその位置を変えることができないのであれば、その兵士と先頭の兵士の間をロープでつなぎ、この間が開きすぎないように固定する。その場合、このロープは兵隊の最少間隔分の距離より長くして余裕を持たせるのである。
その理由は、仮に最も遅い兵士の直前の兵士がつまずいたときに、最も遅い兵士も立ち止まらなければならないわけだが、この最も遅い兵士が立ち止まったことにより失われた行進距離は永久に取り戻せないからだ。それ以外の兵士は何らかの理由で立ち止まっても、隊列の歩行速度は最も遅い兵士の速度なのでやがて取り戻せる。つまり、最も遅い兵士は何があっても止めてはならないので、その直前を行進する兵士の影響を受けないように、隊列は最も遅い兵士とその前の兵士の間だけは距離があるが、それ以外は詰めた隊列になるのである。これは生産ラインでは、先頭工程への資材投入をボトルネック工程の生産速度に合わせることと、制約条件の前だけには制約条件の活動を保護するバッファを設置することに相当する。

ドラムのアナロジーは、昔の行軍はドラムをたたいて歩調を合わせたことから、隊列全体の歩調を決めるもの、すなわち最も遅い兵士を意味している。ロープとは先頭兵士と最も遅い兵士の間に結んだロープのこと、バッファとは最も遅い兵士が前の兵士に阻害されないようにロープに持たせた余裕のことである。
TOCドラム・バッファ・ロープは全体の中の最も弱点になる能力上の制約工程を特定し、サプライチェーン全体の供給に悪影響を与えないようにバッファ時間を計算し、材料の投入を制御していくことで全体最適の達成を支援する考え方である。

■ソフトでは解決できない制約を改善する思考プロセス

能力制約のような物理的な問題はソフトウェアを利用することで問題の所在を特定し、解消も可能であるが、別の問題がある。

【1】方針上の制約条件が大きな障害になるケースがたびたびある
販売方針と生産方針が対立するなど、方針を変えることは複数の部門が複雑に絡む問題で、多くの対立が生じてなかなか議論が前に進まないことも散見される。方針の対立には人間組織が介在し、機械的な取り扱いは不可能である。ソフトウェアに自動的な処理を依頼するわけにはいかない。

【2】TOCの生産改善手法を適用して生産がうまく適用できると能力に余剰が生まれてしまう
販売もそれに対応して売り上げが伸びればよいのだが、うまくいかないとなると、多くの場合生産部門のレイオフにつながってしまう(米国では過去にもそうだった)。しかしいったんレイオフが行われると、これらの部門では改善活動が跡形もなく消えてしまい、改善を進めた部門が犠牲になるという最も好ましくない結果だけが残ってしまう。

このような背景の下に生まれたのが思考プロセス(TP: Thinking Process)の手法である。
思考プロセスは根深い対立のある複雑な問題に対して妥協案ではないブレークスルー案を考え出し、それを実施まで持っていくためのシステマチックな手法である。
ゴールドラット博士は思考プロセスを1980年代後半から開発し始め、1994年にはそれを解説した『It's Not Luck』という小説を出版した。この結果、TOCは製造業でのマーケティングや方針制約といった生産以外の問題だけでなく、サービス業や政府、軍事組織といった幅広い組織での問題にも活用されるようになった。

■思考プロセスのステップ

TOC思考プロセス(TP)では「何を変えるか」を特定するために現在問題構造ツリーを作成し、中核問題を特定・抽出することで、方針上の問題や制度が引き起こす問題を共有化することが可能になった。

これらを「何に変えるか」という対立解消図でブレークする案を検討し、創造するのである。 さらに未来問題構造ツリーで案の有効性を検証し、「どうやって変えるか」を前提条件ツリーで実行上の障害を抽出し、移行ツリーで方針制約解消行動の実行計画を作成する。

・何を変えるのか?
・何に変えるのか?
・どうやって変えるのか?

【1】現状構造ツリー
【2】対立解消ツリー
→ スリークラウド法
【3】未来現実ツリー
→ ネガティブブランチ
→ ポジティブ強化ツリー
【4】前提条件ツリー
→ 中間目標
【5】移行ツリー
→ 戦略と戦術

作者

エリヤフ・M・ゴールドラット(EliyahuM.Goldratt)
イスラエル出身の物理学者。1948年生まれ。経営コンサルタント。
TOC(TheoryofConstraint:制約理論)の提唱者として知られる。
1984年、ビジネス小説『TheGoal』を出版し、全米で250万部の大ベストセラーとなる。本著で説明した生産管理の手法をTOCと名づけ、その研究者や教育を推進する研究所を設立した。

その後、TOCを単なる生産管理の理論から、新しい会計方法(スループット会計)や一般的な問題解決の手法(思考プロセス)、企業経営全体を管理する理論へと発展させ、アメリカをはじめ、世界各国の企業経営、生産管理、サプライチェーンマネージメント等に大きな影響を与えた。

著書に『TheGoal』『It’sNotLuck』『CriticalChain』『NecessaryButNotSufficient』などがある。
日本語版は、それぞれ『ザ・ゴール』『ザ・ゴール2』『クリティカルチェーン』『チェンジ・ザ・ルール』として、ダイヤモンド社より出版されている。なお、『ザ・ゴール』は世界で1000万人以上の人が読んだ大ベストセラー書籍である。

TOC(TheoryofConstraint:制約条件の理論)とは、企業収益の鍵を握る「制約条件」にフォーカスすることにより、最小の努力で最大の成果(利益)を上げる経営改革手法。
ボーイング、インテル、3Mをはじめとする世界の有力企業において導入され、多大な成果を上げているほか、医療、教育、官公庁、軍隊などへも応用されている。日本ではオリンパス、セイコーエプソン、日立ツールなどの大手企業が導入し、成果を上げている。

理論の理解討論を主にした開催でした

今回は、作品そのものに対するディスカッションよりも理論面の理解、議論に多くの時間を割く形になりました。参加された方には、いつもと少し違う印象をお持ちになったかも...。こんな進行の回があってもよいかなぁと私自身は思いましたが、いかがでしたでしょうか(*^_^*)

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