開催内容 桂冠塾【第161回】
『藪の中』(芥川龍之介)

| 開催日時 | 2024年8月12日(月祝) 10:00~12:00 |
|---|---|
| 開催方法 | オンライン開催 |
はじめに
今回は芥川龍之介氏の代表作の一つ『藪の中』を読んでいきます。日本文学の代表的な短編小説にも挙げられることも多い作品。
今昔物語を題材にし、黒澤明監督の映画『羅生門』の原作の一つとしても知られています。
執筆は大正10年(1921年)。
京都山科の山陰の藪の中で男が殺された。 取り調べに当たった役人を検非違使と書かれていることから時代は平安の世。
事件当事者3人と関係する人達4人、あわせて7人の供述、独白が列挙されている作品。
事件当事者3人がそれぞれ「自分が殺した」と主張する摩訶不思議な展開である。
作者:芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)
1892年〈明治25年〉3月1日生まれ。 1927年〈昭和2年〉7月24日没。日本の小説家。号は澄江堂主人(ちょうこうどうしゅじん)。俳号は我鬼(がき)。
東京出身。代表作に『羅生門』『鼻』『蜘蛛の糸』『地獄変』『歯車』など。
物語【1】木樵りの証言
裏山の山陰の藪の中にあの死骸があった。縹の水干に都ふうのさび烏帽子。見た時には血は流れておらず傷口も乾いていた。
太刀などは見えずそばの杉の根がたに縄が一筋と櫛が落ちていた。
一面が踏み荒らされていたので手痛い目に遭ったに違いない。
馬はいなかった、入れない。
物語【2】旅法師の証言
死骸の男と昨日遭っている。昨日の昼頃、場所は関山から山科へ参るあたり。
馬に乗った女と一緒。
女は牟子をたれていて顔はわからない。萩重ねの衣の色をしていた。
馬は月毛の法師髪で四尺四寸ほど。
男は太刀を帯びて弓矢も持ち、黒い塗り箙に二十余りの征矢を差していた。
気の毒な事をした。
物語【3】放免の証言
多襄丸という有名な盗人を搦めとった。馬から落ちて粟田口の石橋の上で唸っていた。
時刻は昨日の初頃。
以前捕らえたときと同様の紺の水干と打ち出しの太刀を持っていた。
今回は弓矢の類も持っている。
人殺しを働いたのは多襄丸で間違いない。
馬も法師髪の月毛で、長い端綱を引いて青芒を食っていた。
多襄丸は女好きの盗人。
昨年秋の鳥部寺の賓頭盧の後ろの山に物詣に来た母子の事件も調べてほしい。
物語【4】媼の証言
あの死骸は自分の娘が嫁いだ男で若狭の国府の侍。名は金沢武弘(たけひろ)、26歳。
遺恨を受けるような者ではない。
自分の娘は真砂(まさご)、19歳。
勝気な女で他に男を持ったことはない、顔は浅黒く、左の眼尻に黒子がある小さい瓜実顔。
二人は昨日若狭へ立った。
娘のことが心配、行方を捜してください。
憎いのは多襄丸という盗人です。
物語【5】多襄丸の証言
男を殺したのは私だ。女は殺していない。あの女の顔が女菩薩に見えた。その瞬間に男を殺してでも女を奪おうと決めた。
他の人も命を奪わなくても男を殺している。
できるだけ男を殺さずに女を奪おうと決意した。
古い鏡や太刀を安く売り渡したいと話すと二人はついてきた。
馬に乗った女を残して二人で藪の中に入り、男を組み伏せて杉の木に括り付けた。
女を呼び寄せると、状況を察した女は小刀(さすが)を引き抜いて斬りつけてきたが、小刀を撃ち落として女の貞操を奪った。
そのまま逃げようとすると、女は二人の男に恥を見せたまま生きていけない、どちらか一人が死んでくれ、生き残った男に連れ添いたいと言う。
この女を妻にしたいと思って、男と太刀打ちを交わして太刀で相手の胸を貫いた。
振り向くと女はいなくなっていた。
どうか極刑にあわせてください。
物語【6】女(真砂)の証言
男は私を手籠めにすると夫をながめながらあざけるように笑った。思わず夫に駆け寄ろうとすると男は私を蹴倒した。
その瞬間に夫の瞳に私を蔑む光を見た。
何かを叫んだ私は気を失った。
やっと気がつくと男はおらず縛られた夫が残っていた。
夫の目の色は変わらず冷たい蔑みの底に憎しみの色をみせていた。
こうなっては生きていけない 私は死ぬのであなたも死んでください。
夫は忌まわしそうに見るばかり。
小刀を振り上げると夫は笹の落ち葉でふさがれた口を動かした。「殺せ」と言ったのだと覚った。
夫の胸を刺すと気を失った。
気づくと夫は息絶えていた。
わたしは死のうとしたが死にきれなかった。
物語【7】死霊(金沢武弘)の証言
盗人は妻を手籠めにすると妻を慰めはじめた。俺は妻に目配せして男の言うことを真に受けるなと伝えようとした。
肌身を汚されて夫とはうまくいかないだろう。自分の妻になる気はないかと。
妻はうっとりとして美しい顔で「どこにでも連れて行ってください」と言った。
そして男に「あの人を殺してください」何度も叫びたてた。
盗人は妻を蹴倒すと俺に「あの女をどうするつもりだ?殺すか助けてやるか」と問うた。
この言葉だけでも盗人を許してやりたいと思った。
ためらううちに妻は藪の奥に走り出して逃げた。
盗人は縄を一箇所だけ切ると太刀や弓矢を持って姿を隠した。「今度はおれの身の上だ」と。
俺は縄を解くと小刀でおれの胸を刺した。
その時誰かそばに来たものがある。誰かわからないその手が小刀を抜いた。
俺は永久に中有の闇に沈んだ。
事件の真実はいかに
7人が検非違使の取り調べを受けたり供述や自白、懺悔した内容が列挙されている。それ以外の説明や疑問点などは一切記述されていない。
前半の4人は事件の外濠や事件当事者の人柄等を述べており、事件そのものは目撃していない。当事者の性格等が描写されているのでこの点は比較的に正確と考えて論を進めたい。
ちなみに本作をベースにした黒澤明監督作品『羅生門』ではここにも嘘があるというストーリーを展開している。
後半の3人だけが事件に遭遇した当事者である。
前半4人の供述から見て取れる当事者の性格等は
多襄丸
・悪名高い盗賊
・女を欲望の対象にしか見ていない卑劣漢
妻・真砂
・19歳
・男に劣らない勝気
・武弘以外に男を持ったことはない
夫・金沢武弘
・若狭の国府の侍
・26歳
・優しい気立て
・遺恨を受けるようなことはない
当事者3人のうちの一人は死亡した本人が巫女によって呼び出されて証言しているのも一興だが、それについては特段触れずに話を進めることにする。
多襄丸、妻の真砂、死亡した本人の金沢武弘それぞれが、自分が殺害したと主張する。
「自分は殺していない」と言い張るのが通常のパターンだと思うので極めて異例な状況だ。
3人のうち少なくとも2人は嘘をついている。
犯行の背景や動機などを含めると3人全員が嘘をついていることも考えられる。
話の展開として
・誰が犯人なのか(なぜ殺したのか)
・事件の真相はどのように展開されたのか
・殺害していない者はなぜ殺したと嘘をついたのか
読者の関心はこの3点に集まっていく。
どうしても気になる”真犯人はだれなのか”
まず初めに確認しておくが、芥川氏は「犯人はだれか?」的な推理小説を書いたわけではない。この点は明白だろう。
しかし、どうしても気になる。
犯人はだれか?
書かれていることをたどっていくと、果たして犯人にたどり着くことができるのか?と。
犯人をあぶりだす方法として3人の証言の整合点と矛盾点を指摘することも考えられるが、矛盾しているから犯人だとは断定できない。
例えば小刀の所在。多襄丸の供述では触れておらず、武弘は死ぬ直前に誰かが抜いて持って行ったと言っている。真砂は自分が刺して、自害するために使ったというから、終始真砂が持っていたのは間違いないだろう。
ただし殺害に使った凶器は多襄丸は自分の太刀、真砂と武弘は小刀と言っていて、断定されていない。
供述が最も不自然なのは真砂だ。
多襄丸が立ち去った後に二人になって武弘に話しかける際にも、口に詰められた笹の枯葉を取り除いていないし、縛られた縄も解いていない。きわめて不自然だ。
「殺せ」と言ったという時も、生命にかかわる最重要なことなのに、真砂は武弘の口から笹の枯れ葉を取り除こうとはせずに、殺害している。「殺せ」と言ったかどうかは正確にはわからない。真砂の推測にすぎない。
自分が強姦された一部始終を見ていた武弘の本当の気持ちは怖くて聞けない、という心理もあったかもしれない。武弘の言葉を聞く態を取りつつ、自分の受け止め方を独白しているような。
しかし男勝りの気が強い女という設定から考えると少し無理があるようにも思う。
本当に死ぬつもりなら、夫の側でそのまま自害すればよかったのになぜその場を離れたのか。「わたしもすぐにお供します」と言っているのに。
これが嘘なのか、複雑な心理状態によるものなのか、判然としない。しないが、不自然であることには間違いはない。当事者三人の中で、一番不自然である。
嘘をついた動機が最も希薄なのは多襄丸だ。
多襄丸の供述からも、他の2人の供述の状況からも、他の二人のいずれかが犯人の場合に多襄丸自身が犯人だと主張する理由が見当たらない。
では多襄丸が犯人なのか。そうならば武弘が嘘をつく理由があるとは思えない。真砂の名誉を守るなら多襄丸を犯人のままで、真砂の発言の部分だけを訂正すればいい。
武弘が嘘をついているとした場合の理由は比較的わかりやすい。
真砂の犯行を肩代わりするか、真砂の名誉を守るか、いずれかである。
そして武弘は嘘をついている可能性も高い。小刀が誰かの手で抜かれたというのは奇抜だ。しかしその手が戻ってきた真砂ならば辻褄も合うので、自殺した可能性も完全には否定できない。
やはり犯人でない者がなぜ嘘をついたのかを追及することが真相に近づく直道だろうか。
ただそれも確実とは言えない。真砂のケースがそれに該当する。
真砂がやっていないのならば嘘をついた理由は、多襄丸をかばうのは希薄なので武弘の罪を肩代わりしたと考えられるが、それと同時に自分の名誉を守るために嘘をついたとも思われる。
3人の証言からそれぞれの主張の主要部分を繋ぎ合わせると
多襄丸は真砂を武弘の前で凌辱した。
真砂は激しく嘲笑しながら「どちらか一方は死んでほしい」「武弘を殺して連れて行ってほしい」と多襄丸に懇願する。
多襄丸は一笑に付して真砂を蹴倒すと、武弘に「あの女をどうするつもりだ?殺すか助けてやるか」と問い質した。
真砂は、沈黙する武弘が軽蔑したまなざしで「なんて女なんだ」と思っていると感じた。
武弘は決闘を決意し、男二人は対決して多襄丸が武弘を殺した。
多襄丸に相手にされず武弘の目に耐えきれなかった真砂は、プライドがずたずたになり、対決が始まるとすぐにその場から逃げ出した。
多襄丸は残された太刀や弓矢を持ち、馬も奪って、その場を後にした。
罪の意識に苛まれた真砂は何度も自殺しようとするが、死にきれずに保護された。
真砂は激しく嘲笑しながら「どちらか一方は死んでほしい」「武弘を殺して連れて行ってほしい」と多襄丸に懇願する。
多襄丸は一笑に付して真砂を蹴倒すと、武弘に「あの女をどうするつもりだ?殺すか助けてやるか」と問い質した。
真砂は、沈黙する武弘が軽蔑したまなざしで「なんて女なんだ」と思っていると感じた。
武弘は決闘を決意し、男二人は対決して多襄丸が武弘を殺した。
多襄丸に相手にされず武弘の目に耐えきれなかった真砂は、プライドがずたずたになり、対決が始まるとすぐにその場から逃げ出した。
多襄丸は残された太刀や弓矢を持ち、馬も奪って、その場を後にした。
罪の意識に苛まれた真砂は何度も自殺しようとするが、死にきれずに保護された。
こんなところが事実ではないだろうか。
3人とも大きな嘘はついていない。本人にしてみればそれなりの理由がある多少の事実を隠している程度の感覚ではないか。
全体としては、概ね多襄丸が言っていることが本当だと考えるのが充当ではないかと言うのが私の見方である。
ほぼ嘘はなく、真砂とのやり取りなどに事実と異なる部分がある。どうせ極刑になる身の上なので最後に好いた女を少し庇い立てした、その場の状況を自分なりの受け止め方をしたという程度の感覚だろう。
それに比べると真砂と武弘は、覚悟して嘘をついていると言える。
真砂は、悲劇のヒロインとなった貞淑な妻を演じて自分の邪な生き方を隠すために嘘をついた。勝気でプライドが高い真砂は、自分の本当の言動があからさまになると生きていけない。封建社会での女性の立場で言えばなおさらそうなのだろうと思う。
武弘は、真砂の名誉を守るために嘘をついた。すでに死んでいる身である。最後に真砂の正体を知ったとはいえ、短い人生で連れ添ったただ一人の伴侶である。真砂の罪をかぶろうと思うのは理解できる心情だろう。
「みなさんはどう思うだろうか」とか、「真実は如何に」とか、余計なことは何一つ残さない。
そのかわりにそれぞれの人物に意味深な言葉をつぶやかせている。
さすが芥川龍之介である。
多襄丸が語る「殺す」ことの意味
どうせ女を奪うとなれば、必ず、男は殺されるのです。
ただ私は殺すときに、腰の太刀を使うのですが、あなたがたは太刀は使わない、
ただ権力で殺す、金で殺す、どうかするとおためごしの言葉だけでも殺すでしょう。
なるほど血は流れない、男はりっぱに生きている、――しかしそれでも殺したのです。
罪の深さを考えてみれば、あなたがたが悪いか、わたしが悪いか、どちらが悪いかわかりません。
ただ私は殺すときに、腰の太刀を使うのですが、あなたがたは太刀は使わない、
ただ権力で殺す、金で殺す、どうかするとおためごしの言葉だけでも殺すでしょう。
なるほど血は流れない、男はりっぱに生きている、――しかしそれでも殺したのです。
罪の深さを考えてみれば、あなたがたが悪いか、わたしが悪いか、どちらが悪いかわかりません。
芥川氏の全くのオリジナルだ。
どのような意図で多襄丸に語らせたのか。
具体的な記述はないので、芥川氏の思想遍歴や時代背景から推測することになる。
そのひとつは、芥川氏らが自ら切り開いた「大正浪漫」と共に語られる「大正デモクラシー」にあるように感じる。
時代は第一次世界大戦の前後。戦時中の好景気と戦後の不況という激変のなかで、日本は富国強兵と戦勝国として国際連盟の常任理事国になるなど、我が世の春を謳歌していたと言って良いかと思う。
1921年(大正10年)、芥川氏は大阪毎日新聞の海外視察員として約4カ月の中国旅行に赴いた。中華民国の成立から10年。当時の中国は帝国主義列強に対する民族運動が興隆し、激動の時代を迎えていた。
その一方で芥川氏自身は肋膜炎で上海の病院に3週間入院するなど、体調不良の旅程でもあった。
こうした経験等を経ながら芥川氏の中で和洋漢の著作の研鑽と社会情勢への思索が行われていったと思われる。
後年、ブルジョア作家と批判されたことでプロレタリアート文学への傾倒もみられるが、その底辺には激動する世界情勢があったことだろう。
もうひとつは、芥川氏が思索し続けてきた自我の問題があると思われる。
芥川氏は終の棲家となった東京・田端の自宅の書斎に書画を掲げて「我鬼窟(がきくつ)」と名付けていた(のちに「澄江堂」の額に変更)。
「我鬼」は芥川氏の雅号で、自我の鬼、エゴを意味しており、芥川氏の創作活動、特に前半期の最も重要な命題である。
人間は自身の欲望のためにもしくは生きていくためには、他人の物や生命を奪ってよいのか。
それは個人においても、集団つまり国家などにおいても。
それは欲望による衝動ということではなく、生存のための極限の状況においてはどうなのか。
芥川氏は安易に答えを求めるのではなく、生涯を通して思索し続けたように思う。
【関連リンク】
芥川氏の生まれ思想については以下の記事が興味深い。
自らの立場に悩み続けた「芥川龍之介」壮絶な最期(東洋経済オンライン)
真実は『藪の中』
繰り返すが、芥川氏は謎解きを仕掛けているのではないと思う。周囲の人々からの状況証拠だけでは真実はわからない。
状況証拠に矛盾しない供述でも3人いれば三様の供述ができる。いうなればその人なりの真実が語られる。そんな状況のなかで検非違使たち、権力側にいる者たちはどうやって真実にたどりつくのだ、と。
真実を知っているのはその場にいた三人だけ。三人が三様のことを語れば真実にはたどり着けない。まさにタイトルのとおり、真実は「藪の中」だ。
そのように考えると芥川氏が多襄丸に語らせた「殺す」の意味が浮かび上がってくる。
真実にたどり着けないのに、死刑とか言い渡せるのか、処刑できるのか、と。
他の意味も重ねてきてもいるだろう。
社会的に抹殺できるのか、権力者の賄賂で、賄賂がなくても都合の悪い真実は見ないふりをして、と。
今昔物語 巻二十九第二十三話「具妻行丹波国男於大江山被縛語 第廿三」
『藪の中』の元としたのが今昔物語である。妻を馬に乗せて丹波の国に向かう夫婦が途中で太刀を持った若い男と同行になるが、若い男は夫を縛りつけ、妻を強姦する。
若い男は妻の着物以外は奪って逃走する。
妻は夫に「汝が心云ふ甲斐無し。今日より後も、此の心にては、更に墓々しき事有らじ」とあきれるがそのまま丹波に向かった。
このようなお話です。
夫は殺されていませんし、その後のストーリーは取り調べや供述を含めて芥川氏のオリジナルということになります。
【関連リンク】
今昔物語 巻二十九第二十三話【やたがらすナビ】
今昔物語集現代語訳
黒澤明監督作品『羅生門』
黒澤明監督は芥川氏の『羅生門』と『藪の中』の2作品を合わせて映画『羅生門』を撮っている。概ねのストーリーは原作を踏襲しているが、7人の供述で終わる芥川氏の物語のあとに、オリジナルの解釈を展開している。
映画らしくしっかり謎解きもしている。
【関連リンク】
【大映4K映画祭/羅生門】特別映像 羅生門 (1950年の映画)ウキペディア

